自宅(兵庫県淡路市)のアトリエで語る、たじまゆきひこさん

 絵本作家の、たじまゆきひこさん(82)がライフワークとしている沖縄戦で、集大成となる5冊目の絵本『なきむし せいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』(童心社)を4月末に上梓。沖縄復帰50年、最も激しいたたかいとなった1945年の3月から72年の復帰までを描きました。

 たじまさんは、沖縄戦を単に紹介するだけでは沖縄の心は伝わらないと、被災した人の話を聞き、手記を読み、現地を訪ねる地道な作業を44年間、続けてきました。今回は話の流れ、絵の構図が決まるまでに約1年間、それから型を起こし、染めた計27枚の作品を絵本に仕上げました。

出版と同時にウクライナ侵略「平和憲法の国だからこそできることを」

 出版と同時期に起きたロシアのウクライナ侵略。「人間はおろかだけど、どうやって止めていくかですね。改憲とか核共有などと言う人たちは、あまりに短絡的すぎる。そうでなく、平和憲法のある国でこそできる、そのことをじっくりと考えてほしい。その一助に絵本がなったらと思う」と話します。

 絵本の主人公、せいとくは、国民学校2年。父と兄は入隊し、母と妹の3人で米軍上陸前に南へ逃げます。空からの機銃掃射、海からの艦砲射撃、上陸した米軍の戦車でなぎ倒されていく人たち…。何とか生き延びた3人が入ったガマでは、泣きやまぬ赤ん坊を日本兵が手にかけました。母は艦砲射撃で吹き飛ばされて息絶え、家族は散りじりに。戦闘に巻き込まれ片手を失ったせいとくは米兵に助けられ、収容所の孤児院で妹と再会します。

機銃掃射や艦砲射撃を受けた様子を描いた場面(『なきむし せいとく』より)

 絵本では10年後、せいとくが作った畑を米軍が鉄砲とブルドーザーで奪い、軍事基地を造り、占領したことを描いています。せいとくは「沖縄が日本に戻ったらこんなものは、すぐになくしてしまうさぁ。だって戦争の苦しみを一番しっているのは、ぼくたちなんだから」と拳を振り上げます。

 たじまさんは、この絵本をつくるにあたって、沖縄を3回訪問。同年齢の男性が沖縄戦の1000枚の絵を描いたとのニュースを新聞で読み、訪ねました。男性は、戦場の絵を見せ、怖くて家の柱にしがみついていた話をしてくれました。また、沖縄で被災後、鹿児島県の孤児院で育った女性も訪ね、当時の様子や障害が残ったことも知りました。

 たじまさんは、7歳だった自分が沖縄にいたらと、せいとくを自身に重ねました。生まれ育った大阪府堺市で、5歳の時、アメリカの戦闘機から機銃掃射を受け、持っていた氷のかたまりが砕けた体験があります。沖縄にいたらどうなっていたか。逃げまどう幼い自分や断末魔に身を震わせて亡くなる姿を思い浮かべたと言います。

沖縄復帰50年「基地はいまだ」

 「でも、まだ僕の中にこれは沖縄の問題だ、そんな気持ちがあったことに気づきました。復帰50年、いまだに基地があり、何も変わらない。でもこんなことを繰り返してはいけない。そんな思いで作りました」

 B5判変型(25.1×25.6㌢)、49㌻。1600円(税別)。絵本には沖縄戦の経過を示した地図と、主な出来事として、1937年から72年までの年表も付けられています。