支援者らとともにプラカードを掲げる梶川氏(中央)。会見にはオンラインで府内各地から府民・市民が参加しました(2月10日、京都市上京区)
高校生の時にもらった「憲法手帳」を今も持ち歩いていると話す梶川氏

 3月24日告示、4月10日投開票で行われる京都府知事選挙に、京都総評議長の梶川憲(かじかわ・けん)氏(62)が10日、立候補を表明しました。同日、京都市上京区のホテルで多くの支援者とともに会見した梶川氏は、「とことん府民・市民に寄り添うリーダーが必要。いまこそ、知事を交代し、府政集団の底力を発揮する先頭に立ちたい」と決意を表明し、基本政策「梶川府政 重点プラン 『府民とともに』―人も環境もかがやく京都へ」を紹介しました。

 梶川氏は、2年に及ぶコロナ禍の下で生活や営業で苦しむ府民・市民の声を紹介しながら、現職の西脇隆俊府政について、「保健所を少なくしてきたことを『メリットがあった』と言い、北山エリア計画で10万人の市民の署名に対しても『一部の意見』と返す。一方で国の北陸新幹線延伸や原発再稼働は推進している」と強く批判。国にきっぱり意見を言い、府民・市民に寄り添うリーダーが必要と強調し、「いまこそ、知事を交代し、府政集団の底力を発揮する先頭に立とうと、出馬を決意しました」と述べました。重点政策である「梶川府政 重点プラン 『府民とともに』 ―人も環境もかがやく京都へ」を発表しました(下記に全文)。

 4年前の府知事選、2年前の京都市長選をともにたたかった「つなぐ京都」のメンバーをはじめ、「民主府政の会」、梶川氏が所属する京都総評などから支援を受けているとし、「梶川プランの趣旨に賛同していただけるみなさんは、“オールウエルカム”です。すべての政党や政治グループ、市民運動や個人の皆さんに心から一緒にたたかおうと呼びかけます。『峠の向こうの春』を呼び込む決意で、知事選出馬を表明します」と述べました。

推薦のあいさつを述べる石田氏

 市民環境研究所の石田紀郎所長があいさつし、福島原発事故後、「オール京都」で原発ゼロの運動が進んできた経過を述べ、「原発をなくす運動の先頭に梶川さんが立ち、といっしょに取り組んできた。北陸新幹線延伸や植物園を壊す北山エリア開発など、京都を壊す計画が進められている。なんとしても勝利したい」と語りました。  最後に会場で参加した市民と、府内各地からオンラインで参加した市民らとともに府政の要求を書いたボードを掲げて、府政転換をアピールしました。

【梶川府政 重点プラン】
「府民とともに」――人も環境もかがやく京都へ
女性副知事実現、声なき声を知事室へ。現場第一、暮らしの身近なところへ府政を。

1、公共の力で、いのちを守り育む
 保健所や土木事務所を地域に再開し、地域のネットワークをつくり、どこに住んでも、感染症対策や災害対策が届き、命と暮らしを丸ごと守る。
医療費・教育費の無償化へ流れを拓く。

2、府が発注する仕事で、時給1500円以上と安定雇用、地域経済を潤す
 地産地消を学校給食から。地域の仕事興しなど、市町村の地域経済を守る努力を徹底応援する。奨学金返済支援、地域の主役、若者の定住を支援。
消費税減税やインボイス制度中止など、地方の声を国に届ける。

3、原発は止めて、なくす。府民を守るために国に対しても行動する。
米軍基地など、いのちや暮らしと両立できないものは、なくす。

4、環境破壊をやめて、持続可能な京都をつくる。
北陸新幹線延伸計画をストップ。
北山エリア計画など街壊し、大型風力発電による環境破壊でなく、公共事業は住民とともに。

【略歴】

1959年9月6日 京都府乙訓郡向日町(現向日市)生まれ 62歳

向日市立向陽小学校、事務組合立乙訓中学校(現勝山中学校)中学校を卒業。

1975年 府立向陽高校第一期生 生徒自治会の立ち上げに携わる。

1978年 京都教育大学入学 発達障害教育を学ぶ、1982年卒業

1982年 城陽市立今池小学校教諭

1986年 京都教職員組合の専従執行委員、青年部長

1991年 京都地方労働組合総評議会事務局次長(兼務)

2001年 京都教職員組合書記長

2008年 京都地方労働組合総評議会事務局長

2015年 京都地方労働組合総評議会議長 現職

家族 妻、長女、次女、長男

趣味旅行・温泉と音楽、山や自然の写真、スキーなど

京都府向日市に在住