経済産業省が示している「未来の教室」のイメージ(同省のホームページより)
児美川氏
 
一人一端末、背景に国家戦略

 日本の学校教育は、コロナ禍のもとでICT(注①)化と市場化にさらされ、大きく揺れ動いています。これまではあまり進んでいなかった教育分野でのICT活用が、コロナ禍をきっかけに、にわかに活気を呈してきました。この機に便乗して公教育に参入しようとたくらむ企業と政府の思惑が一体となって動いてきています。今こそ、学校で学ぶ意味、役割とは何なのかが問われています。

 荻生田文部科学大臣は昨年12月、突然「GIGAスクール」(注②)構想を発表し、2023年度までに児童・生徒に1人1台の端末を持たせ、日本中の学校を高速大容量の通信ネットワークで結ぶと宣言し、19年度補正予算に盛り込みました。

 2018~19年に告示された新学習指導要領では、全教科における「情報活用能力」の育成が重視されていましたが、コロナ禍の20年度からの教育課程全面実施で、想定以上にICTや先端技術の活用、学習の個別最適化などが進められようとしています。本来なら、教育におけるICT活用は歓迎すべきことですが、事はそう単純ではありません。文科省の「GIGAスクール」構想の背景には、安倍政権が目指す「Society5・0」の実現という国家戦略があり、そこに学校が動員されようとしているからです。

 「Society5・0」は16年1月に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」で初めて出された概念です。人類社会の発展を、狩猟社会(1・0)、農耕社会(2・0)、工業社会(3・0)、情報社会(4・0)とし、5・0はそれに続く未来社会を意味しています。

 内閣府によれば、「Society5・0」は、IoT(注③)、AI(注④)、ビッグデータ、ロボット工学などの最新テクノロジーを活用し、「経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」とされます。夢のような話ですが、17年6月に閣議決定された政府の「未来投資戦略2017」に位置付けられ、安倍政権による国家戦略としての未来社会構想にまで躍り出ました。背景にあるのは、「失われた30年」と称される日本経済の長期低迷を打開したい財界の「欲望」であり、それと「アベノミクス」の手詰まり感を打開したい現政権の「思惑」が合致した「野合」の産物だと考えています。

経産省が主導「未来の教室」

 「Society5・0」における子どもたちの学習はどうなるのか。経産省が一昨年に設置した有識者会議「『未来の教室』とEdtech(注⑤)研究会」での議論がその一端を示しています。

 「未来の学び」は「教科と探究」で構成され、教科学習では、PC端末やタブレットを使い、AIが提供する学習プログラムで「個別最適化された学び」を目指し、残りの時間は探究学習にあてます。探究学習では、科学、技術、工学、芸術、数学(STEAM)を組み合わせ、課題解決的な学習を行うというもので、必ずしも学校の教室で学ぶ必要はないといいます。つまり、子どもたちが楽しみにしている運動会や学習発表会、社会科見学など(特別活動)で、社会性を身に付けたり、主権者としての力量を形成するという発達の課題は全く無視されているのです。

 「個別最適化された学び」に貫かれているのは究極の「学びの自己責任論」です。AIに導かれてどんどん進む子どももいれば、学習意欲がわかずソッポを向く子どももいるでしょう。それも「自己責任」です。どんどん進む子どもも、正解を導くドリル学習にしかならないことが心配されます。学級集団で考え、共同で体験するという学びの豊かさの足元にも及びません。

 「Society5・0」に最も熱心に取り組んでいるのは経産省です。ICT化され市場化された公教育に民間産業の参入を図る目的があるからです。すでに18年度から民間企業と学校が連携する「実証事業」に着手しています。側面からは総務省が学校のICT環境整備に力を入れ、援護しています。

 出遅れた文科省は、「Society5・0」にむけた人材育成に取り組もうとしています。7月20日、内閣の最重要課題として教育改革の推進をめざす「教育再生実行会議」(第2次安倍内閣で発足した私的諮問機関)が「ポストコロナ期における新たな学び」をテーマに再スタートしました。

子どもたちの期待に応える

 今、公教育としての学校は大きな岐路に立たされています。ICT化と市場化による自己責任と格差拡大への教育か、学校教育の意義と意味が新たに認識される「未来」への道か。休校中や、学校再開後の子どもたちの様子を聞くと、「学校に行きたい」「先生や友達にあいたかった」「みんなで一緒に勉強したい」などの声が多いといわれます。災禍を乗り越えた先の希望はここにあります。

 子どもたちの期待に応える学校を作ることができるかどうか、大人の責任が問われます。

 (注)①情報通信技術(Information and Communication Technology)②Global and Innovation Gateway for All(すべての子どもに通信環境を整備)③Internet of Things(すべてのモノがインターネットでつながる)④人工知能⑤Education(教育)とTechnology(技術)をかけ合わせた造語でデジタル端末での学習を意味する