清水小ホテル
学区民の運動会や夏祭りが開かれていたグラウンドに、レストラン・カフェ棟(左端)、駐車場と車寄せ(中央)、増築棟(奥の黒い建物)が建てられた清水小跡地(2019年11月13日撮影)

グラウンドにレストラン棟、近代遺産の意匠損なう増築も

 京都市が元清水小学校跡地(東山区)に誘致したホテル計画で、3月の開業を控え、敷地面積のほぼ100%がホテルとなっていることが分かりました。市は「自治会活動拠点としての機能に最大限配慮する」などと説明してきたにもかかわらず、それに反したホテル事業者の利益最優先の跡地利用に、地元住民からは驚きと怒りの声が広がっています。

 「これはひどい」。取材に応じた地域の各種団体の役員の男性は、本紙が高所から撮影した同校跡地の写真を手に、思わず声を上げました。ホテルは現在、工事中として敷地内に入ることはできず、フェンスや周囲の建物に囲まれてグラウンドや増築棟などは、高所からでないと見えないようになっています。全容を初めて見たというこの男性は、驚きを隠しませんでした。

 ホテル計画は、市と基本協定を締結(2016年7月)したNTT都市開発(東京都)が建設し、プリンスホテル(同)が運営するもので、土地は60年間の貸付契約。客室は48室で、レストラン、プライベートバス、フィットネスジムなども設置される「高級ホテル」仕様となっています。

 門川市長は市議会で、学校跡地活用について、民間事業者による活用であっても地域の意向を的確に反映し、事業者の利益を優先することなどは「全く当たらない」と声高に主張(2015年9月定例会)してきました。とりわけ、清水小の校舎については、スパニッシュ風の外観に、和風の建築要素を加えた価値ある建物であり、外観の保存が跡地利用の条件となっていました。

 ところが、同校跡地は答弁や同条件とは相容れない、全く違う姿となっていました。同校は創立1869年の歴史を持ち、地元の寄付でできた番組小学校。住民は学校に愛着を持ってきました。ところが、正門の側に飾られていた、子どもたちの顔を清水焼でつくったレリーフは、学校のシンボルだったにもかかわらず、工事中に撤去されました。グラウンドは当初案では、住民の「コミュニティエリア」となっていたものが変更され、レストラン・カフェ棟と駐車場、増築棟が建設されました。外観の保存が条件だった校舎には、黒い外壁のコンクリートの塊のような増築棟が継ぎ足され、校舎の歴史的価値は損なわれてしまいました。

 既に、地域の交流や活動の場としての学校の役割は奪われ、学区民の運動会は、隣の学区の開睛小中学校での開催となっています。清水小跡地のグラウンドに毎年1000人を超える住民が集まる「夏まつり」も、学区内の高台寺公園で催されています。同校跡地で地元のために残された施設は、プール跡に新設された集会所だけです。

清水小グラウンド
八坂の塔を見下ろす場所に広がっていた、かつての清水小のグラウンド(地元住民提供)

 ホテルの利益最優先とするため、市は、一握りの住民とNTT開発との三者による非公開の会議で、具体的活用計画、施設整備など重要事項を決めてきました。別の男性役員は「学校は地域の財産なのに、知らぬ間に全部ホテルになってしまった。これに、先祖はどんな顔をするか」と悔しさをにじませました。

学校跡地は「経営資源」

 こうした結果を招いた元凶は、門川市長が11年に策定した新方針でした。従前の学校跡地活用は「市の事業」とするとしていたものを、「民間事業についても対象とする」という方針に転換。さらに翌年には、学校跡地などの資産を「経営資源」として、積極的に活用する方針を決定していました。

 一方、全国では、住民の意見を取り入れ、民間に提供する計画を撤回した自治体も生まれています。高知市では今年3月、小学校跡地を賃貸住宅などが入る複合施設とする建設案でまとまっていたものを白紙撤回しました。

横浜市緑区の小学校跡地では、戸建て住宅を計画した不動産業者への土地売却計画が、住民の反対で中止。教育機関への活用を求める住民の意向に沿い、市が方針転換しました。

 しかし、門川市長は、白河小(同区)、立誠小(中京区)、植柳小(下京区)と学校跡地を次々とホテルへ提供することをやめようとはしていません。

 清水学区で宿泊施設を経営する男性は、言い放ちました。「門川市長の頭にあるのは、いかに学校跡地で稼ぐか、それだけでしょ」。住民の怒りは広がる一方です。

ホテルの専用物となってしまった、地域のシンボルであり京都の近代遺産として貴重な価値を持っていた元清水小の校舎

「週刊京都民報」2019年12月1日付より