瀬戸内寂聴 それから、結婚いたしまして北京へ参りました。それから中国人と触れ合うようになりました。その時に、日本人がいかに中国人に横暴なことをしているかって、もう目で見ています。
 終戦は北京で迎えたんです。その時、夫はむこうで出兵してて、いなかった。私は赤ん坊を抱えておりました。「もう殺される」と思いました。我々は酷いことをしてるんだから当然殺されると思うでしょ。
 翌日、そうっと戸を開けると家の外の壁に紅板って赤い紙が張ってあるんです。それに、「あだをもって恩で報ず」と書いてあるんです。恥ずかしくて恥ずかしくて。南京政府がやったと思うんですが、「仇をもつより恩をもて」ということでしょ。自分たちは(戦争に)勝ったけれど報復したらいけないということです。それで私は、こういうお国と戦って負けるのは当たり前だと思いました。
 いろんなことがあって引き揚げてまいりました。空襲にはあっていませんが、引き揚げという経験はしている。とにかく戦争はごめんだと思うんです。
 本当に鶴見さんと極端に違って、こちらは悪人。私は優等生なんですよ。優等生っていうのはいかにくだらないか。何でもできて平均点取るっているのは実にくだらないですよ。それに反発して、私も悪人になろうと思って私も悪人の仲間になりました。
 戦争はもう絶対しちゃいけないと思います。仏教徒としても戦争はしてはいけない。お坊さんたちがもっと立ち上がらなくてはいけない。お坊さんの中に1人偉い人がいました。亡くなった大原実光院の天納傳中さんです。この人が私に話してくれました。戦争に行って捕虜を殺せと命令されたとき、「絶対に自分は(人を)殺せません」といったんですって。自分は仏教徒だから、殺人はできませんと。
 もしも、どうしても私がこの捕虜を殺さなければいけないなら、明日から誰が死んでもお経をあげてあげないといったんですって。そしたら、「お前はいい」って殺さないで済んだんですって。ですから自分は殺してはいけないということを守ることは命がけですよ。やはり命をかけないと戦争反対はできません。私は命をかけてやろうと思います。
 1つ思いだしたことがあります。東北のお寺、天台寺で法話をしています。多い時で1万人。少なくても5000人は見える。参加者に言いたいことを言ってもらう時間をつくっているんですが、ある日、小さい男の子が、ぱっと立ち上がって、「これから日本はどうなるんでしょう」と言うんです。
 私はびっくりして、なんでそんなこと言うの?と聞いたら、「これから憲法9条がなくなったら、戦争に行かなくてはいけない。ぼく、戦争に行きたくない。まだ、やりたいこといっぱいあるから死にたくない」っていうんです。そうしたらわーっと何千人か拍手が沸いたんです。だから私は、今の拍手はあなたを励ましている拍手よ。あなた嫌なら嫌ってがんばんなさい。
 僕は戦争にいきたくない、9条を守るってことをしょっちゅう、しょっちゅうしゃべりなさいっていったんです。そしたら「それでいいんですか。じゃあ、できます」って言いったんです。
(大きな拍手。発言終わり)