織田信長の命日にあたる2日、本廟があるとされる阿弥陀寺(上京区今出川寺町上ル)で、『信長の棺』の著者・加藤廣氏の講演会が行われ、市民ら約300人が戦国時代に思いをはせました。
 同寺は、信長が帰依した生誉清玉が創建。清玉は、信長と懇意にしており、本能寺の変の際、本能寺にかけつけ信長らの遺骨を持ち帰ったとされています。
 加藤氏は、阿弥陀寺との出会いや信長の人物像について講演し、伝えられる信長の残虐な性格は、母親の愛情不足が原因であると指摘。▽母が弟(?)の信行をかわいがった▽信長は幼少の頃女性の衣裳部屋で寝ていたーーなどのエピソードを詳しく紹介しました。
 信長が、父・信忠の葬儀に粗末な衣装で遅刻して参加し、父親の位はいを投げつけた、との伝説についても、「信長は母親などから葬儀を知らされず、後で知って駆けつけたのでは」、との考えを披露しました。