「戦後80年、再び〝戦争の道〟に向かうのか~歴史と記憶の現代~」と題して、「2・11『建国記念の日』(紀元節)を考える京都集会」が2月11日、京都市中京区の京都アスニーで開かれ、オンラインも含めて約180人が参加。日本近代軍事史研究者の吉田裕・一橋大学名誉教授が講演し、戦争を国際法の視点で論理的に批判する教育や運動の必要性を強調しました。

 吉田氏は、総選挙で憲法改正や軍事費拡大、専守防衛からの逸脱など大きな問題があるにも関わらず争点化されなかったことを踏まえ、「日本人の戦争観・平和観を検証したい」と切り出し、1995年に侵略戦争と植民地支配に対する「反省」と「おわび」と表明する「戦後50年村山首相談話」が出され、「戦後70年安倍首相談話」まで村山談話を継承する立場だったにも関わらず、石破首相は「戦後80年首相談話」を見送り、村山談話を事実上棚上げにした政治責任は大きいと述べました。

 世論も変化しつつあり、「1945年に終わった戦争」の評価に対する「朝日新聞」の世論調査では、「侵略戦争」(28%)と「自衛戦争」(8%)を両極にして中間に「両方の面がある」(42%)とする見解が分厚く存在しており、「よく知らない」(21%)の割合も高いと指摘。

 「戦争の惨禍を二度と繰り返してはいけない」という点で幅広い合意形成がなされているものの、かつての戦争についての検証がなされなかったことなどから、侵略か自衛かという戦争の歴史的性格の評価や戦争責任の問題で、国民的なコンセンサスが形成されているとは言えないと分析しました。

 さらに、国際法の立場から、戦争責任や戦争犯罪を批判する視点に不十分さがあり、学校教育の場でも近現代史学習に国際法の視点を取り入れた教育実践が少ないと指摘。第1次世界大戦前、戦争は国家の権利だったものが、同大戦後、国際連盟規約やパリ不戦条約によって国際紛争を解決する手段として戦争は否定・違法化され、許されるのは自衛戦争だけとなり、第2次世界大戦を経て、違法な戦争を指導した国家指導者の責任との概念が登場し、これらが日本国憲法の成立につながっていることを解説。

 また、1922年に日本も参加した9カ国条約で、中国の主権や領土を認めながら、日本はこれらに逸脱して中国を侵略し、「満州」建国や日中戦争を行ったため、東京裁判の事前尋問で広田弘毅外相(のちに首相)も同条約違反を認めたことなどを明らかにしました。

 国際法の立場から、戦争責任や戦争犯罪を批判する視点や、この視点を取り入れた学校教育の重要性を改めて強調しました。最後に、戦争や戦闘を「自分事」として考えてもらうために、戦争や戦場のリアルな実態をいっそう明らかにする必要があると訴えました。