【衆院選2026/京都から問う】〔首相の解散権〕「伝家の宝刀」そもそもおかしい 信問う材料なく解散、政治ゆがめる行為

『首相の解散権を斬る』を出版、立命館大学非常勤講師 長澤高明さん
メディアは首相の解散権を「首相の専権事項」とか「伝家の宝刀」などと言っていますが、そもそも首相に解散権などありません。
憲法では、衆議院で不信任の決議案を可決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、内閣は総辞職しなければならないと規定しています(69条)。衆議院を解散する場合、内閣は、7条に書いてある解散手続きに基づいて行うことになります。この7条はあくまで69条を前提としています。
ところが1952年、吉田茂首相が69条とは無関係に7条のみを使って「抜き打ち解散」を強行してしまいました。ここに、7条のみによる解散が既成事実化してしまったのでした。さらに、いつの間にかこの7条の主語は内閣ではなく、首相であるという解釈がなし崩し的に行なわれるようになりました。
私としては、かりに7条のみの解散を容認したとしても、それを行うのは内閣であって首相ではなく、また、新たに国民に信を問う必要があると国会で審議された後でなければならないと考えています。国会内での議論が尽くされ、国民的議論をするための材料も提示されなくてはなりません。そうすると、首相の考えひとつで国会冒頭に解散することは不可能になります。
真摯な政策論争回避し“このタイミングなら勝てるだろう”
ところが、解散権が首相の「伝家の宝刀」であるかのように喧伝(けんでん)され、7条のみによる解散が、与党内の派閥抗争に決着をつけるために、あるいは野党より有利な状況で総選挙を戦うために、利用されてきました。
今回のように、国会の冒頭でいきなり解散されたのでは、国民は何を基準に投票すればよいかわからないでしょう。政治は国民の生活をいかに豊かにするか知恵を絞らねばなりません。真摯(しんし)な政策論争を行わず、このタイミングなら勝てるだろうという策略でもって7条をもてあそぶことなど許されるものではありません。政治をゆがめるようなこうしたやり方を決して許してはならないと思います。



