京都府立植物園(京都市左京区)の再整備に関する有識者懇話会の初会合が5月31日、同植物園内で開かれました。府立植物園の元園長ら植物の専門家や企業関係者ら委員11人の内、8人が出席し、植物園の将来のあり方などについて意見を交わしました。同懇話会委員で、元府立植物園園長の松谷茂氏のコメント(全文)を紹介します(松谷氏は当日欠席し、書面で意見を提出)。

 総論として、京都府立植物園は、アカデミックな施設、「生きた植物の博物館」。単なる緑空間ではなくまた、「公園」でも「庭園」でもありません。100年以上前、武田五一、大森鐘一(第十代京都府知事)、三井家同族会ほかのみなさんの、原野であったこの地に「日本一の植物園」を、との熱き思いを抱いた先人たちの意志をつなぎ続けることは、京都人の責務・京都の文化・伝統です。戦後、連合軍に接収され植物園機能がほぼゼロになった厳しい歴史を経験しましたが、奇跡的に再開できた大きな原動力は府民の声でした。

 「一日も早く昔の植物園に復元せよ。公園化することなく純粋の植物園にせよ」―100周年を目前にし、京都府立植物園の本質・使命を大前提にした「懇話会」であることを元園長として期待します。植物園は「神秘のヴェールに包まれた秘密の花園」。

 各論としては、設置要領に「100周年未来構想を具現化するため」とうたっているが、具現化するための計画たる「北山エリア整備基本計画」は、「未来構想」で計画した本筋から、一部を取り上げ誇張し、植物園の本質を考えない勝手解釈した、設置者側の都合のよい計画となっています。植物園を公園にしようとする計画です。

 賑わい、回遊性、利便性を求め、本来アカデミックな施設であり続けるべき植物園の姿が見えません。私を含め園長、副園長経験者の3人は専門家・実務経験者の立場から、この「基本計画」は、京都府立植物園の使命・本質を真摯に論じていない計画と危惧したことから、設置者に見直しを求めるよう記者会見で訴えました。

 「北山エリア整備基本計画」で、賑わい創出という言葉、最も気になります。商業施設を誘致し、賑わい創出するその代償として植物園の土地を削減する案だが、本来の使命である植物を見せることを犠牲にしてまで賑わいを必要と考えていることに悪意を感じる。

 北山通と連続性、半木の道と連続性、このエリアにあるバックヤードを横断する発想。世界の植物を栽培するバックヤードをなんと考えているのか、多分何も考えていない。世界の植物園の笑いものとなる。

 最も気になることは、(1)「バックヤード」「人材確保」の言及が一切ないこと。植物園の使命・本質がわかっていない、わかろうとしない計画と露呈。これを認め公表した設置者側は、京都府立植物園の将来を真剣に考えているのか不信。

 (2)「未来構想」に明示されている「植物が主役」や「栽培技術の継承・発展による世界の植物の栽培・保全・育成・展示」の大前提の場がバックヤードであるが、その言及がないどころか、バックヤードを横切る賀茂川沿いの半木の道から通路をつくるとの計画は、栽培技術の重要性を無視した公園計画であると言わざるを得ない。

 (3)情熱・意欲を持った人材確保の言及もない。花は勝手には咲いていない。咲かせている。

 (4)「植物園を中心に周辺施設がスムーズに繋がり、ハード・ソフト両面での垣根をなくした連携が可能になるような動線等の整備」。往来自由なテーマパークの中の一つの施設が植物園であるとの発想は府民から受け入れられない。

 (5)「植物園を中心に周辺施設がスムーズに繋がり、ハード・ソフト両面での垣根をなくした連携を可能とする施設整備」。(4)と同じでこの文言は完全に公園化を意味し、植物園はどこからでも入れるもはやテーマパークに成り下がる。

 (6)「北山通と連続性を持たせ、人の流れをエリア内に引き込む商業空間・動線の整備」。イメージ図に多出する「賑わい創出」の根拠となる文言だが、四条河原町ならまだしも、ここ植物園に商業施設を設けた賑わい創出は全く不要。アカデミックさの消失。

 (7)「半木の道と連続性を持たせ、賀茂川沿いの魅力を発揮して人の流れをエリア内に引き込む施設・動線の整備」。バックヤード機能を無視してまで動線整備する計画は論外で、植物園の本質を全く分かっていない計画である。京都府立植物園の存在を否定。

 研究については、植物園が行う研究と大学などの研究者が行う研究は別である。総合植物園たる京都府立植物園が行う研究とは『京都府立植物園』条例第1条『植物学の研究に寄与するため』とあるように、これは植物園で栽培する植物を研究者が大学で研究するための寄与であり、植物園に植物学研究機関を設けることではない。先輩園長からそう教えられた。 

 栽培担当職員は地道な栽培を続け、何度も国内初開花などに成功、その成果は日本植物園協会誌に論文として投稿するなど、レベル向上に努めている。これはりっぱな研究である。

 京都府立大学構想。2022年4月25日に公表されましたが、植物園の存在をアカデミックな場ではなく単なる緑空間としてしか捉えていない表現が見受けられ、知の拠点たる大学の植物園に対する意識の低さが気になります。

 「植物園の緑がエリア内に広がり、各施設が木々の緑の中に佇む空間の創出」「施設の枠を越えて人が自由に往来できる空間づくり」「垣根を無くした連携」「エリア外を通らなくても回遊でき」など、府立大学付属植物園的な発想、エリア内の緑の多い空間的発想を、懸念します。

 以上、極論もありますが、資料に基づいた私の思うところの意見を述べました。この懇話会が、京都府立植物園の100年後もこの地で凛とした存在であり続けるためのよすがとならんことを願ってやみません。