■自由法曹団京都支部 喜久山大貴

 安倍首相は、2017年1月の衆議院本会議で、共謀罪(テロ等準備罪)を新設する組織犯罪処罰法改正案と、パレルモ条約(国連越境組織犯罪防止条約)について、「国内法を整備し、条約を締結できなければ東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と答弁した。テロ対策のため、東京五輪を開催したければ共謀罪を新設させろ、と脅しをかけてきた形だ。

 しかし、(1)共謀罪やパレルモ条約をテロ対策と結びつける点、そして、(2)テロ対策と東京五輪を結びつける点で、欺瞞に満ちた答弁である。

 (1)について、国会審議中の法案によると、対象犯罪の中に詐欺、窃盗、著作権侵害の罪などテロ対策とは無関係な犯罪が多数ある。また、組織的殺人を「テロの実行」と分類すれば、共謀罪がいかにも必要そうだが、殺人罪などの重大犯罪については、現行法でも実行前の予備段階で処罰可能である。

 立法理由が全くない共謀罪はテロ対策と称したまやかしに過ぎない。パレルモ条約も、国際的マフィア等の経済的利益を目的とする組織犯罪を対象にした条約であり、テロ対策とは関係がない。

 (2)についても、東京五輪のためにテロ対策が必要だという言説自体、でっち上げである。政治思想の実現のために単なる国際スポーツ大会がテロの標的とされる理由などない。政府があおるテロの脅威とは、平和的な外交努力を放棄し、戦争に突き進むためのマジックワードである。

 前回の共謀罪が廃案となった2009年7月は、2016年大会の招致活動が行われていた時期だが、共謀罪と東京五輪を結びつける議論はなかった。ことさら危機をあおるのは、安倍首相が「世界有数の安全な都市」だと招致演説の中でアピールしたことと矛盾する。

■治安警備強化や軍拡が狙い

 嘘で塗り固められた共謀罪だが、その本当の狙いは、緩やかな要件の下で乱用的な捜査権行使を可能にすることであろう。

 東京五輪は自然災害とは異なり、自ら招致された「非常事態」である。世界的にも、メガイベント開催という「非常事態」を口実に、治安警備強化や軍備拡張が進められている。

 ブラジルでは2014年W杯や2016年リオ五輪のため、徹底した治安警備体制が敷かれた。リオ郊外のファベーラ(貧民街)に対する管理支配は特に厳しく、犯罪組織掃討作戦を名目に軍警察が24時間駐留し、ブラジル全土から選抜された国家治安部隊がパトロールに当たった。武装警察によって年間数百人が殺害され、その中には5歳の男の子もいたが、警察犯罪を追及する動きはほとんどない。

 東京五輪と共謀罪とを結ぶ正しい補助線は、テロ対策ではなく、これを隠れ蓑にした非常事態下での、市民運動の弾圧である。

■民主主義抑圧の攻撃に抗し

 東日本大震災という未曽有の大災害に対して、政府は被災者の声を無視する棄民政策を続けている。安倍首相は五輪招致のために「(放射能の汚染水は)アンダーコントロールだ」などと虚偽演説を堂々と行った。幼い子を持つ母の「保育園落ちた日本死ね」と題する投稿には、「オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ」とある。

 沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件や、東村高江に全国の機動隊が大量動員されたことも五輪報道の裏でかき消されたが、沖縄の基地建設に向けた政府の強硬姿勢は激しさを増す一方である。

 現在、われわれが直面しているこうした社会矛盾の噴出状況は、2020年に向けてさらに加速し、各地で市民による様々な問題提起がなされるだろう。政府は共謀罪という戒厳令をもってこの市民運動をテロリズムと名指し、力技で抑え込もうとするのである。

 共謀罪は民主主義の息の根を止めかねない。まさにここが正念場だ。

(「週刊京都民報」5月14日付より)