060522緊急事態条項
20160625-01 安倍政権が改憲の突破口に位置付ける「緊急事態条項」について、『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット)を出版した永井幸寿・日本弁護士連合会災害復興支援委員会前委員長に、この問題の危険な本質を聞きました。

■〝災害〟理由に改憲おかしい

 ──安倍政権は熊本地震など大規模災害対策を理由に、憲法を改正して「緊急事態条項」を創設すべきだと主張していますが、そもそも緊急事態条項とはどういうものでしょうか。

 自民党は憲法「改正」の口実を模索してきました。最初は九条、次に憲法の改正規定である九六条。どれもうまくいかないため、持ち出してきたのが緊急事態条項です。
 緊急事態条項は国家緊急権を明文化したもので、大災害などの非常事態の際、国家権力が国家の存立を維持するために非常措置を取る権限を設けます。必要性はありますが、人権保障と権力分立を一時的にせよ停止するため、その危険性は極めて高いものです。
 世界で最も民主的だったワイマール憲法下のドイツで、ナチスが合法的に独裁権を取得できたのは、同憲法に強力な国家緊急権があったからです。対立していた共産党議員の身柄を拘束し、登院できない状態にして、議会の立法権を政府に全て移す「全権委任法」を強行採決しました。国家緊急権の乱用です。

 ──日本国憲法では国家緊急権をどう考えているのですか。

 乱用の危険性から、設けていません。ただし、災害など緊急時に対処できるよう、平常時から厳重な要件で制度を整備しています。
 まず参議院の緊急集会です(五四条二項)。衆議院が解散されたときに大災害が起きた場合、参議院の緊急集会が召集され、国会の代わりをします。そして、暫定的に採られた措置は、次の国会開会後の10日以内に衆議院の同意がない場合、失効する仕組みです。
 また、参議院の緊急集会もできない場合にも対処できるよう、法律の厳格な要件のもとで、内閣は緊急政令を制定でき、罰則を付せます(七三条六号)。
 加えて精緻な法制度があります。災害非常事態の布告がされると、立法権は厳格な要件による国会のコントロールのもとで、一時的に内閣に帰属し、内閣は生活必需物資の配給などに限定して政令を制定できます。
 大規模地震対策特別措置法では内閣総理大臣に権力を集中させ、首相がトップの中央管理システムが構築されます。災害救助法で、都道府県知事と市町村長に、さまざまな強制権を持たせています。

 ──災害の現場で国家緊急権は必要ですか。

 日本弁護士連合会は昨年、東日本大震災で被災した自治体に、災害対応についてのアンケートをしたところ、国と地方の役割分担について、「場合による」を含めると92%が「市町村が主導」して国は人、物、金で後方支援を望むと回答。96%が「憲法は障害にらない」と答えました。地震や豪雨などで被災した弁護士会を中心に、国家緊急権に反対する会長声明を発表しています。現場の声は、政府への権力集中は必要はないということです。

 福島原発事故を検証するための政府の「東電福島原発事故調査・検証委員会」、国会の「事故調査委員会」がそれぞれ報告書(2012年)をまとめました。ここでも災害対策で憲法が障害になったとか、国家緊急権を設けるべき立法事実(改憲の正当性を支える社会的な事実)は書いていません。

 ──自民党は12年に発表した「憲法改正草案」で「緊急事態」の章を設け、国家緊急権を提案していますが、どこが問題ですか。

 条文(別項参照)を見ると、政府の独裁を容認する危険な内容です。緊急事態の発動要件は法律で定められ(九八条一項)、国会の過半数の決議で要件がいくらでも拡大できます。その上、期間には制限がなく(同条三項)、乱用の危険性は高くなります。
 また、内閣は法律と同等の効力を有する政令を制定でき、事後に国会の承認を必要とはしていますが、承認が得られない場合に効力を失う規定はありません(九九条一項二項)。事後に承認が得られない場合には、緊急勅令が効力を失う旨の規定があった大日本帝国憲法よりも危険です。

■被災者救済こそ出発点

 その上、政令で規定できる対象に限定がなく、全ての人権を制限でき、治安目的で「戒厳」を実施することも政令で可能になります。ナチスと同様の全権委任であり、認められるものではありません。
 災害対策とは、個々の被災者をどう救済するのかが全ての出発点です。被災者の話を聞き、現場を見て問題点を抽出して対策を立てるものです。「災害をダシに憲法を変えてはならない」。これが被災者の言葉です。
 最後に、一言申し上げたい。私はこれまで、共産党があまり好きではありませんでした。しかし、共産党はこの問題をいち早く取り上げ、反対してきました。また、立憲主義の回復を目指して野党共闘を推進する。党利党略を超えた態度は立派です。

(「週刊しんぶん京都民報」5月22日付より)