立命館大学名誉教授 芦田文夫

「世界史的転換期」に

 「アベノミクス」の「3つの矢」〔(1)通貨供給量を増やす金融政策、(2)公共事業を中心とした財政出動、(3)経済成長を促す成長戦略〕が、現在の「デフレ不況」の本当の原因である国民の消費・所得の縮減には目を向けない、いくら貨幣量だけを増やしてみても実体経済は回復しない、従来型の歪んだ外需依存・投資主導の産業構造に舞い戻るだけだ、ということを本シリーズ(4)で二宮教授が適確に批判しておられる。
 安倍首相の施政方針演説では、「世界で一番」ということと「強い経済」ということが繰り返し強調されていた。だがその世界ではいま、アメリカの「財政の崖」「歳出強制削減」、EUの「金融危機の財政危機への転化」「ソブリン(国家債務)危機」をめぐる問題に見られるように、どこでもギリギリの岐路に立たされ、「世界史的な転換期」という言葉まで使われるようになっている。「アベノミクス」が、参院選までの一時しのぎの「円安」─「株高」レベルの表層的な論議にとどまっていて、このような世界資本主義の構造的な危機からいかに目を背けたものになっているのか。いま京都学習協「現代経済学ゼミナール」で、講義と討論によって深めていこうとしている論点から、いくつかを記してみることにしたい。
 「百年に一度」といわれた2008・09年の世界金融・経済危機から4年以上経って、いま世界資本主義はどのような局面にあるのか。資本主義諸国はどこでも、巨額な財政支出と異常な金融緩和という国家の介入によって、辛うじて小康をたもったものの、依然として実体経済は低迷し視界は不良、長期停滞傾向が避けられないと予測されている。そして、金融の危機が財政の危機と結びついて現われてくるようになり、その財政政策・金融政策も限界をむかえて効かなくなり、それどころか悪い副作用が出始めていると危惧されている。
 例えば、「アベノミクス」でいう2%の物価の引上げにともなって普通は金利も上昇(国債価格が下落)するが、それは国債を多く抱える銀行の金融システムの危機、そしていっそうの財政規律の喪失をもたらす。無理に金利を押さえると、過剰な通貨が投機にまわり、デフレ下で部分的な資産バブルが起こる、あるいはデフレとインフレの共存(70年代に「スタグフレーション」の二重苦として経験済み)の再来が心配される。そして対外的には、「円安」誘導=実際上の「為替切下げ競争」と受け取られ、今度のG7・G20会議でのように国際的に非難を受ける。

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構造の改革が必須

 結局このような行き詰まりを打開するには、従来の構造そのものの改革が必須であって、それを形成してきた核心に迫る以外にはない。その根元にあるのが80年代以降の多国籍企業による「新自由主義型」の資本蓄積様式と呼ばれるものなのである。その特徴は、異常に肥大化した貨幣─金融を主な手段として投機的な資本の蓄積をおこなうところにあり、地球的規模で生産・投資を「裁定的に」(儲かるところへ好き勝手に)分散・移動させていく。その過程で、それぞれの国家の枠組みの下で獲得されてきた従来の「福祉国家」的な労働や生活の基準・ルール、権利が後進国並みに掘り崩されていく。非正規労働者の急増と賃金の引き下げ、社会保障の切り下げはここから新たな展開をみせるようになり、国民の消費・所得水準とのギャップに起因する不況・恐慌が深刻化していった。
 この貨幣・金融を軸とするグローバルな再生産の流れに、かつての国民経済単位の再生産の構造が組み込まれ、一方で超過剰な貨幣資本の堆積、他方その陰で実体経済の劣化や空洞化、歪みが生み出されていく。両者のギャップと矛盾の噴き出し方は国によって多様であるが、例えばEUを取り上げてみると、そこではアメリカ発の金融危機がヨーロッパの実体経済危機に波及し、それが財政危機や国家の危機にまで至っている。EU内部では、競争力の強いドイツの商品や資本が浸透するなか、周辺国・南欧などの実体経済的基盤の劣化がますます進行していくのである。そしていま、「財政緊縮」をめぐって数十万の国民的反撃が繰り返され、国の経済と産業をどう建て直していくのかが厳しく問われ、政権交代が続出している。

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財政危機をいっそう深刻化

 実は、以上のようなギャップや矛盾が一番酷きびしいのが日本なのであった。大企業の「内部留保」は260兆円にまで膨大化していった反面、賃金・所得はピーク時(1997年)から月5.5万円も減少している。だから実体経済の低迷がいちばん厳しく、ひとりマイナス成長を続けて「取り残された日本」と評された。ひたすらコスト削減と競争力強化に務め、「外需依存・投資主導」型構造の歪みは大きくなるばかりであった。
 「アベノミクス」がこのような世界資本主義の構造的な問題に目を向けないどころか、逆にそれが財政の危機と産業構造の歪みをいっそう深刻化させていく、というのは二宮教授が指摘されるとおりであろう。ようやく昨近の一般紙も、(共産党提唱の)内部留保を賃上げに回す、というのが国会論議の共通認識になりつつあると報じ始めた(「毎日」3月3日)。これを突破口に、その方向でしか日本の経済と産業を建て直すことができない、企業経営なかんずく中小企業・地域経済の再生と持続的な発展もあり得ない、という具体的な「オルターナティヴ(代案)」をもって迫っていくことが求められているように思われる。(「週刊しんぶん京都民報」2013年3月17日付掲載)