市田忠義 「あれは泣けますよ」と聞いていたので、比較的観客数の少ない時間帯を選んで一人で観(み)に行った。山田洋次監督の「おとうと」である。「キューポラのある街」から年を経て、なんともいえない知的なかおりとしっとりとしたおちつき、あたたかさをたたえるようになった姉・吟子役の吉永小百合がいい。眼が輝いて美しい。一方、どうしようもない“権太(ごんた)”だがなぜか憎めない純粋なおとうと鉄郎役・鶴瓶の自由奔放で繊細な演技が泣かせる。
 薬局を営む聡明な姉の吟子の娘・小春が結婚をする。その式場に、長いあいだ音信不通だった“権太(ごんた)”のおとうと鉄郎が突然あらわれる。鉄郎は大阪で一流芸人になる夢破れ、タコ焼屋をやったり、あちこちを放浪していた。酒乱の鉄郎は小春の結婚式で酒を飲みすぎて大暴れし、みんなからちんしゅくを買う。そんなおとうとを叱りながらも、突きはなさずにあたたかく見守る姉。
 ラストシーンがとくに印象的である。身寄りのない人たちの最期を看(み)取る民間のホスピス。その施設で過ごす鉄郎。ボランティアの人々の鉄郎への献身的な対応。おとうとの危篤の知らせにかけつけた姉吟子と鉄郎の最後の会話。「姉ちゃんと一緒にうどんがたべたかったんや」と声をふりしぼる鉄郎。そっとうどんを鉄郎の口に運んでやる吟子。ここで一番涙腺(せん)がゆるむ。鶴瓶の自然な大阪弁が絶品。関西出身の私にはたまらない。ハンカチはとても一枚では足りなかった。(日本共産党書記局長・参院議員)