5回の松山商の攻撃は先頭の1番打者がセンター前ヒットで出塁すると、平安ベンチが動いた。代え時だったか龍谷大平安・原田監督はピッチャーを交代させ、新たに右投げのピッチャーがマウンドに上がった。
 おじさんは「松山はのんびりした風土で気候がいい」と言うので、「星がきれいなところですよね」と大学時代に訪れた、もう10年以上も前に見上げた東予の夜空を思い出したりした。愛媛に行った経験があってよかった。それ以来、行ったことはないが。
 そんな話をしていると、龍谷大平安の守備が乱れ、ピッチャーが正面のバント処理を誤り、無死一、二塁と松山商がチャンスを作った。3番が一塁ゴロで一死二、三塁としたが、続く4番の投ゴロでホームに突っ込んだ三走が、三本間に挟まれた。捕手が三走を三塁に追い込んでいくと、もう三塁に到達しようとしていた二走が二塁に戻ろうとした。そんなランダンプレーでなんと松山商業はどちらの走者もアウトにしてしまい、せっかく訪れた、平安を大きく引き離すチャンスが泡となって消えた。平安はなんとかピンチを脱したが、ひとつ間違えば両者生還にもなりそうな大ざっぱなプレーにも見えた。松山商ファンからは大きなため息、と同時に、スタンドから「ひとつずついかんかい!」とダブルプレーの取り方に納得のいかない平安ファンからのゲキが飛んだ。
 おじさんは「昔を思えば今ではありえない戦いだ」とつぶやいた。とにかく当時はきめ細かい野球だったのだろう。この時期ではまだ鍛えられていないのも無理はない。走塁技術に関して言えば、まだまだこれからだろう。新チーム結成から間もない秋の段階を夏のイメージで見ていると何だか不安がもたげてくるのだ。
 「昔だったら、一死二、三塁でタイムリーが出て1点。しかし、二塁ランナーは外野手からの好返球でホームタッチアウト。2点目は取らせない。そういうのが2回あったのに…。なんだか今を象徴するプレーだ」。どちらが勝つかどうかだけではなく、高校野球ファン、とりわけ伝統校のファンのシビアな見方に、残念ながら両校ともにさらされている。
 ピンチを脱した平安は5回裏、先頭打者がライト前ヒットで出塁。送りバントで二塁に進めると、続く2番がライト前にタイムリーヒットを放ち、あっという間に2-2の同点に追いついた。しかし、後続が打ち取られ1点止まり。5回を終えて、グラウンドでは整備が始まった。試合の行方はまだまだ分かりそうにない展開だが、このおじさんとはこの辺でお別れすることにした。「大事な試合の観戦中にお邪魔してすみませんでした。これから平安OBに色々と聞いてきます」と感謝の気持ちであいさつできた。
 おじさんは矛盾したことを言っていた。松山商ファンなのに、「1回ぐらい平安に勝ってほしい」と。そう思うのはその歴史的瞬間が見たい、その現場に居合わせたい、今そこでそれが起きるのではないか、ということなのだろう。7年前にバックネット裏で両者の準々決勝を、その歴史的な一戦となった試合を観てしまったことで、おじさんは今日ここに来ていた。まさか応援しているチームの逆を応援してしまうとは。いい試合が観たいというファンの心情というのは実に都合がいいものでもある。(つづく)