京都 町家の草木

のうぜんかづら

ノウゼンカズラ
ノウゼンカズラ【ノウゼンカズラ科ノウゼンカズラ属】
 樹齢三十年を超えたのうぜんかづらは、泰山木の脇に植えられている。その幹は、ささくれ立って乾いた薄皮の細切れに守られながら、緩やかに螺旋を描いて這い上がっている。若い枝は蔓性ながら、朝顔のように巻き付くのではなく、葉の生えぎわから気根を海松(みる)状に生やして近くの樹木の肌にしっかりとへばり付いて伸びる。泰山木を頼りに伸びた若い蔓を選定して取り除いても、木肌には気根の痕が痛々しく点々と。蔓のしなやかさに秘められた執着や、恐るべし。
 藤棚のように仕立てると、いずれ花芽をいくつも付けた茎がアールヌーヴォー好みな弧を宙に描いて垂れ下がる。優しい朱色の柔らかな花は、たった一日かぎり。それも、茎には萼の袴と雌蘂だけを残して、いともあっさりと花を脱ぎ捨ててしまうことも少なからず。地面には、落ちた花があちらこちらに散らばって、梅雨明けの日差しに照りつけられる。
 真夏の眩しい庭には、せっせとこの落花を拾い集める母の姿がある。平たい水盤に浮かべられた花は、夏の薄暗い部屋に陽のかけらを持ち込んだかのように、そこだけやさしく照っている。
 「そうか、夏の陽を拾っていたのだな」
 小さな蟻も一緒に付いてきて、思わぬ場所を歩いていたりする。花は、たっぷりと蜜を蓄えているから、庭の幹には蟻の行列が幾筋も続き、どの花にも何匹もの小蟻が歩いている。
 「おやおや、お前は仲間の元へお帰り」
 蟻は、葉っぱに載せて庭の元いたところへ。
 「そんなに美味しい蜜なら、どれどれ、私もお加減見」。早朝、咲いたばかりの花をうつむけに振って、蜜を小皿に受けてみる。水のように透明な露が数滴。さらっとした甘露が舌を滑って消える。
2009年7月24日 12:00 |コメント0
絵:杉本歌子 プロフィール
1967年2月13日、京都生まれ。京都芸術短期大学美学美術史卒。現在、京都市指定有形文化財となっている生家の維持保存のため、財団法人奈良屋記念杉本家保存会の学芸員・古文書調査研究主任に従事。植物を中心にした日本画を描いている。画号「歌羊(かよう)」。

受け継いだ京の暮らし 杦庵の「萬覚帳」

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