テイカカズラ【キョウチクトウ科テイカカズラ属】
昨年の秋、花屋さんが茶室の花に生け込んでくれた姿の良いひと枝が、1本の鞘を付けた定家葛だった。鞘は長さ10センチ、直径は太いところで5ミリほど。三度豆に似た形。その風情が気に入って後々まで私室に生け続けた。「春になったら、この鞘を割って種を取り出して庭に植えてみよう」と思っていた。鞘の中には、たぶん小さな豆のような種が数粒入っているにちがいないと、取りたてて図鑑で調べることもせず、ただ閉じられたままの小さな世界に空想だけをふくらませて春を待った。
鞘の中には、予想をはるかに超越した命の仕掛けが閉じこめられていることも知らないまま。
鞘の中には、予想をはるかに超越した命の仕掛けが閉じこめられていることも知らないまま。
この植物、『日本書紀』には「正木の葛(まさきのかずら)」として登場する。天照大神が天岩屋戸に隠れてしまわれたときに天うず女命(あまのうずめのみこと)がこれをかずら(髪飾り)として神楽を舞われたとあって、古より著名な植物。薬効にも優れ、筋骨関節の風熱、癌腫、切り傷痕をも治す名薬として知られていた。
定家葛という名は、後白河天皇の第三皇女である式子内親王(のりこないしんのう)に心を寄せた藤原定家の執心を、後の世の人が内親王の墓に絡まる正木の葛にかさねて呼んだことに始まるという。内親王の墓所は京都千本今出川東入るの「般舟院陵(ばんじゅういんのみささぎ)」内。『応仁記』第3巻に記されている「定家葛の墓」が内親王の墓を指している。このあたりは定家の時雨亭跡とも伝えられている。
一方、内親王の恋の相手は定家か法然のいずれかと長い間研究の対象となっていたが、今は法然に軍配があがっている。してみると、
閉じたまま冬を越したこの鞘を開けば、さらなる逸話がこぼれ出ることもあろうかと、かすかな裂け目に爪をあてた。
つやつやとした白い髭のような極細の束ねられた糸が顔を出し、おやっと思うが早いか、白銀の糸はたちまち自由を得てふっくらと緩み、あっというまに放射状に開いて宙にふわりと飛び出した。重力というものが半減したかのようにゆっくりと下降する白銀の噴水の中央に、黒くてしわしわの縦長な種がひとつ。こうしているうちにも、次から次へと種は鞘から生まれ出て、音もなく机上に着地した。全部で13個。
もし、自然の中で鞘が割れたなら、あたりにはまるい白銀の種の雪が浮遊するだろう。そして、どこまでも遠くへ風に乗ってゆくのだろう。
いずれ芽を吹く日のために。
定家葛という名は、後白河天皇の第三皇女である式子内親王(のりこないしんのう)に心を寄せた藤原定家の執心を、後の世の人が内親王の墓に絡まる正木の葛にかさねて呼んだことに始まるという。内親王の墓所は京都千本今出川東入るの「般舟院陵(ばんじゅういんのみささぎ)」内。『応仁記』第3巻に記されている「定家葛の墓」が内親王の墓を指している。このあたりは定家の時雨亭跡とも伝えられている。
一方、内親王の恋の相手は定家か法然のいずれかと長い間研究の対象となっていたが、今は法然に軍配があがっている。してみると、
玉の緒よ 絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
と内親王が詠んだ相手は法然であったのか。閉じたまま冬を越したこの鞘を開けば、さらなる逸話がこぼれ出ることもあろうかと、かすかな裂け目に爪をあてた。
つやつやとした白い髭のような極細の束ねられた糸が顔を出し、おやっと思うが早いか、白銀の糸はたちまち自由を得てふっくらと緩み、あっというまに放射状に開いて宙にふわりと飛び出した。重力というものが半減したかのようにゆっくりと下降する白銀の噴水の中央に、黒くてしわしわの縦長な種がひとつ。こうしているうちにも、次から次へと種は鞘から生まれ出て、音もなく机上に着地した。全部で13個。
もし、自然の中で鞘が割れたなら、あたりにはまるい白銀の種の雪が浮遊するだろう。そして、どこまでも遠くへ風に乗ってゆくのだろう。
いずれ芽を吹く日のために。
(終わり)
※「町家の草木」は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。
こんにちは。「次は、何かな~」と更新をとても楽しみにしていました。家にあるものや知っているものには親近感があり、初めて見るものには興味津津でした。最後になってしまうのは、残念です。いろいろなことを教えて頂き、有難うございました。