冊子を手にする松本さん

「特攻」隊員養成、見送る家族の目撃談も

 戦時中に設置されていた海軍峯山航空基地について、京丹後市大宮町河辺(こうべ)地区の住民有志でつくる「河辺探訪会」がこのほど、調査記録や住民の証言をもとに冊子「河辺飛行場の記録と記憶」をまとめました。

 同基地は、現在の同市峰山町新町から大宮町河辺にかけて設置されていました。「赤トンボ」と呼ばれた航空機での操縦訓練や特攻隊員の養成も行われていました。現在も弾薬庫や格納庫などの遺構が残されています。

 同会は、区民9人で地域の歴史を調べようと2015年に発足。戦争体験者の高齢化が進むもと、「今、調べて語り継がなければ」と取り組んできました。

 飛行場に関して軍などによる公的な記録は残されておらず、隊員OBの書物や約20人の地域住民への聞き取りなどをもとに調査を実施しました。

 調査過程で、明治時代につくられた古地図で、飛行場建設のために付け替えられた川の元の流路が判明し、移転させられた神社の元の位置も明らかになるなどの発見もありました。

 住民からの聞き取りでは、特攻隊員の家族が見送りに来ていた様子、上官による暴行の目撃談、死者も出た空襲の状況などが語られました。また、戦後に払い下げられた跡地を、ツルハシを使ってコンクリートを砕くなど苦労して開墾した様子も語られています。

 同会の松本千秋さんは、飛行場のすぐそばで暮らしていた母親から、自宅の庭を特攻隊員の「惜別の宴」に貸し出したことを聞いたと言います。その際、隊員が日本刀で庭の木を切りつけたと聞かされ、「口には出せない、特攻で命を失うことへの葛藤からの行動だろう」と推しはかります。

 現在、跡地付近は、商業施設が並び住宅地も広がっています。松本さんは、「住民が苦労して開墾し、今の町の姿になっている。こうした地域の足元の歴史を若い世代にも伝えたい」と話しています。

 A4判43ページ(600円)。問い合わせ☎090・5663・0410(荒田保次さん)。