安倍首相の“戦争する国づくり”を許さない憲法まもる夕涼みの集い 京田辺市の「田辺九条の会」は8月31日、同市の府営田辺団地第3集会所で「安倍首相の“戦争する国づくり”を許さない 憲法まもる夕涼みの集い」を開き、40人が参加しました。会場はあふれ、夕涼みどころか熱気でムンムンの集いとなりました。
 田辺東小学校区在住の元特攻隊員、後久ごきゅう四郎さんが戦争体験を語りました。後久さんは三重県出身で、1943年4月、旧制中学2年を終えて陸軍中央学校を志願、15歳の時でした。民間のパイロット養成機関を経て軍に移籍。1944年9月に九州の筑後教育隊―福岡県の大刀洗飛行場に配属され、敗戦をここで迎えますが、特攻隊員を志願し鹿児島県の知覧飛行場へ行きます。しかしまだ子どもだということで大刀洗飛行場へ戻されました。
 「知覧へ行った時には、『あと何日で死ぬんや』という覚悟で行った。死ぬ日が決まって、それに向かって1日1日と過ぎていくのは、非常に残酷というか、苦しいことです。特攻志願の17や18の子どもに向かって、えらい坊さんや神主さん、大学の先生などが『お国のために死んでこい』と話をする。自分の子にそんなことは言えない。今の時代にそんなことは言えない」「その時の私は『おれが死ぬことによって、おやじやおふくろが1日でも長く生きられたらよい』というのが本当の気持ちでした」などと当時の心境を話しました。
 初参加の若い女性は「九条通信の読者です。案内ビラを見て参加しました」と、後久さんの話に聞き入っていました。また、「貴重な体験を聞かしてもらった」、「胸に残る話でした」、「戦争は絶対にしてはいけない、の言葉が心に残りました」などの感想が寄せられました。
 集いには、年金者組合綴喜支部の歌声サークルのみなさんの友情出演があり、みんなで合唱し会場が何度も沸きました。手づくり料理、一品持ち寄りも大変好評でした。(樋口一二)