安倍政権が公然と改憲、侵略戦争の肯定・美化を主張するもと、憲法・歴史認識の問題が参院選の一大争点となっています。京都大学出身の芥川賞作家・平野啓一郎さん(37)に憲法96条改定や自民党「改憲案」の問題点などについて聞きました。

自民改憲案にクラクラする

──自民党「改憲案」や96条改定について、ツイッターで発信しています。

作家・平野啓一郎さん 僕は基本的に憲法改正絶対反対派ではありません。具体的には第4章(国会)、第5章(内閣)については議論すべきと考えています。しかし、今、安倍政権が掲げている96条改定には反対です。
 憲法は権力を縛るとともに、国の骨格、ある共同体がどういう存在なのかという姿形を表現したものでもあります。そうした、共同体の姿形を変えるようなことについて、半数近くの国会議員が反対しているのに発議できるというのは間違っています。
 もうひとつ、96条改定に反対するのは、現政権が9条を変えようとしているし、自民党が「日本国憲法改正草案」という頭がクラクラするような改憲案を公式に持っているからです。96条は今まさに有効に機能しているんです。
 9条の問題で、安倍首相は「『国防軍』と名前を変えるだけ」と言いますが、ひとたび軍隊という組織になれば、それは独自のロジックを持ちますし、常に存在意義を証明しようとしてブレーキがかからなくなる。利権もからみます。そして、日本が軍隊を備えて、集団的自衛権を認めれば、アメリカの完全な下請けになります。アメリカと一緒に戦争する国になれば、東京や大阪でテロが起こるでしょう。
 また、「公共の福祉」を「公益」と変えているのもおかしい。「公共の福祉」は要するに「人の迷惑にならない限りは」という意味ですが、「公益」というのは誰もがハッキングできる概念です。非常に恣意性が強い。“働かざるもの食うべからず”と生活保護や社会保障を攻撃する政権与党が考える「公益」と僕が考える「公益」とはまったく違いますよ。言い出せばきりがないくらい問題がありますが、こんな憲法は到底受け入れられません。

「侵略」の否定は通用しない

──「慰安婦」問題をめぐる日本維新の会の橋下共同代表の発言とともに、安倍政権の歴史認識を批判しています。

 橋下発言も同様ですが、安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」と言えば、自民党政調会長は「侵略の文言が入っている村山談話にしっくりきていない」と臆面もなく発言する。言語道断ですし、国際社会の反応を見ても分かる通り、世間知らずです。
 海外の人と話す機会を多く持っていると、こういうことを言えば相手がどんな反応を示すのかは分かります。なぜ、こんな歴史認識が通用すると思っているのか理解できません。
 もし、僕の母や祖母が元慰安婦で、かつての侵略国家の政治家が、「戦争中は兵隊の休息のために慰安婦は当然必要だったし、どこの国でもやってた。今から見れば悪いことだけどね」と目の前で言ったらなら、その瞬間に殴るでしょう。絶対に肯定しない。事実認識として間違っているし、その言葉を受け取る側へのイマジネーションも決定的に欠けています。
 ナチス・ドイツは間違っていたというのは戦後世界の共通認識です。日本はそのナチスと組んだ侵略国家だったんですよ。アメリカの歴史観がすべて正しいとは思いませんが、侵略の否定は、アメリカにとっても参戦した大義を否定されることになりますから受け入れられるはずがない。こんな“世間知らず”の認識では、外交で存在感を示すことなど無理です。

共産党は憲法で存在感の発揮を

──憲法問題で日本共産党の役割に注目しています。

 僕は昨年の総選挙で、比例は共産党に投票しました。それは憲法問題があったからです。今度の参院選は憲法問題が争点になっているからこそ、96条を変えてほしくないという人には、共産党はアピールできるでしょう。
 共産党ってことでひっかかる人もあると思います。それは名前の問題も大きくて、僕も改名してもいいんじゃないかと思っていましたが、親しいアメリカ人の知人が「それでも改名しないからこそ自分は尊敬している」と語っているのを聞いて、説得力を感じました(笑)。憲法問題でただ「護憲」と言うのでなく、疑問を持っている人もいるのですから、積極的に共産党の考え方を説明して、存在感を発揮してほしいですね。各条項についてどう考えているのか、具体的な見解が必要だと思います。(「週刊しんぶん京都民報」2013年6月2日付掲載)