北山大塔の土台とみられる中世遺構
市議会で担当部長が答弁「発掘調査の結果、見解変わった」

 世界遺産で、特別史跡・特別名勝にも指定されている金閣寺庭園内の中世遺構が、昨年京都府・市が行った発掘調査などの結果、室町幕府3代将軍・足利義満が手掛けた「北山大塔」の土台部分(=土壇、基壇)である可能性が高まるなか、日本共産党の井坂博文京都市議は8日、市議会文化環境委員会でこの問題を取り上げ、市の担当部長は「総合的に見たら、可能性は否定できない」と認めました。

 井坂議員は、土台部分について、2017年の発掘調査報告書では「密な堆積ではなく、締まった土壌でもないことから、大重量を支える基壇とは考えにくい。北山大塔があったか今後の検証が必要」と疑問視する見解だったものの、今回の発掘調査報告書では「盛土が細かい単位で密に施工されている。施工された段階には堅固な堆積層であった可能性はある」と肯定的な内容に変わったことを指摘。

 文化市民局文化芸術都市推進室文化財担当部長は「調査の結果、見解が変わり、認識は違ってきた」と答弁。

 さらに井坂議員は、新聞報道で菱田哲郎府立大学教授や京都市文化財保護課などが「土壇が北山大塔の一部だった可能性はある」とコメントしていることをあげ、市の認識をただしました。

 担当部長は「総合的に見たら、北山大塔の可能性は否定できない」「今後の調査について、進展があれば市としても協力していく」と答えました。

遺物・遺構の文化財・史跡指定を■調査・保存訴える東氏

遺物・遺構の文化財・史跡指定を

 金閣寺庭園内の中世遺構について京都市が北山大塔の可能性を認めたことを受けて、同遺構の調査・保存を求めてきた京都市埋蔵文化財研究所研究員の東洋一(あずま・よういち)氏は、遺構隣接地で発掘された、北山大塔上層部に設置されたとみられる金銅製九輪の破片について、国の文化財に指定し、発掘地点・土台(基壇)の遺構も併せて北山大塔跡として史跡指定すべき―と主張しています。

 北山大塔上層部に設定されていたとみられる金銅製九輪の破片は、2015年、土台の遺構北側の発掘調査で発見されました。横幅37・4センチ、高さ24・6センチ、重さ8・2㌔㌘。復元すると直径2・4メートルとなるもの。高さ109メートル相当とみられる塔の最上部に設置されたとみられます。

 北山大塔が落雷で焼失した応永23(1416)年正月の『醍醐寺文書』にも、大塔の建立は14年におよび、昨年九輪を上げ、今年完成するところだったのに無念―などと書かれています。

 東氏は「北山大塔基壇の遺構、九輪という遺物、『醍醐寺文書』の史料、3点がすべてそろい、遺構は北山大塔跡であることが確定した。九輪を国の文化財として指定し、基壇部分と九輪が出土した地点を併せ、北山大塔の跡地として史跡指定すべき」と話しています。