原発なしで暮らしたい丹波の会 府北部の住民などで結成した「原発なしで暮らしたい丹波の会」は3日、亀岡市の亀岡会館で、元米国ジェネラル・エレクトリック(GE)社技術者の菊地洋一さんを招いた講演会を開きました。市民など50人が集まりました。
 菊地さんは1970年代の7年間に福島第1原発6号機や東海第2原発などの建設に関わった後にGE社を退社。1992年から全国で反原発を訴えてきました。
 講演で菊地さんは、反原発を訴えたきっかけについて、福島第2原発3号機の事故(1989年1月)だったと紹介。複雑に入り組んで人間が直接入れない個所の配管など、設計上の危険について東電に意見したがまったく聞き入られなかったとのべ、「これからも事故は起こる。建設に関わった責任で『反原発』を訴えなければと思った」と語りました。民主党野田政権が再稼動を進めていることや原発推進派の学者がメディアに多数登場していることなどに触れ、「国民の運動で状況を打ち破らないといけない」と訴えました。
 また、原発建設に関わったときや古い原子炉内の改造工事の安全管理者を担っていた当時の経験を紹介。「原発内で被ばくする労働は外国人労働者が行っていた。人種差別がなければできない労働だ。国内54基の原発内でつねに被ばく労働が行われていると考えると、脱原発を訴えなければならないと思う」と話しました。