国の専門委員を辞任した纐纈・東大教授に聞く

 3月11日に東日本を襲ったマグニチュード9.0の巨大地震は日本の地震学や災害想定の「常識」を大きく覆すものでした。7月末に原発の耐震安全性などを審査する国の専門委員を辞任した、東京大学地震研究所の纐纈一起教授(55)=応用地震学=に、若狭原発群の危険性や日本の地震学の課題などについて聞きました。

地震の科学に限界

纐纈一起教授 ─福島第1原発や福井県・若狭原発群の耐震安全性の再評価に携わってこられました。
 2007年に委員を打診された時、妻には「引き受けたら大変なことになる」と止められました。当時から原発への批判が大きいことは承知していました。一方で、耐震安全性の考え方で私が疑問を感じるような審査結果も出ていて、そういう状況を科学者として改めなければいけないし、国立大学教員として地震を研究する者の責務とも考えました。引き受けるからには、地震の科学が到達している範囲で想定される揺れや津波に耐えられるよう設計、補強してくださいと厳しく検討したつもりです。それ自体が間違っていたと
は思いません。
 福島原発の地震・津波対策では、09年6月に岡村(行信・産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長)先生から貞観地震(869年)についての指摘がありました。その後、原子力安全・保安院が決めたスケジュールで貞観地震を考慮した揺れの審査はありましたが、津波の審査は始まりませんでした。最近になって東京電力が15メートルの津波を試算していたことが明らかにりましたが、それが分かっていれば保安院も優先的に審査することにしたのではないか。今振り返って、忸怩(じくじ)たるものがあります。
 その後、今回の地震で、安全性を審査する根拠となる地震についての科学がかなりあやしいものであることが明らかになりました。責任を持って審査することができないと考え、委員を退きました。

関電が裏で糸引く

 ─廃炉中を含め15基が集中立地する若狭原発群の危険性は。
 客観的に言って活断層の密集地域です。ただ、今となっては日本全国どこでも今回のような規模の地震が起きる可能性があると言わざるを得ない。“若狭湾の沖合にはプレート境界がなく、巨大な津波を起こす地震はない”、これが従来の地震学の「常識」だったと思います。しかし、こと原発に関してはそういう常識の範囲で耐震安全性を考えてはいけないと考えるようになりました。最低限言えることは、原発といういったん事故が起これば大変な影響を及ぼす対象を考える際には、日本や世界で過去起こった最大の揺れや津波の記録=「既往最大」に備えることが必要になるということです。
 若狭湾原発群の安全審査では、新潟県中越沖地震(07年)を受けたバックチェックを審査した時に、敦賀原発(日本原電)ともんじゅ(日本原子力研究開発機構)の地盤の減衰定数が問題になったことがありました。減衰定数とは、地震が起こった際にその地盤がどれくらい揺れを吸収するか表すもので、基準地震動の計算に必要なものです。作業部会に出された資料では、減衰定数にひどく大きい値が与えられていて、すなわち原子炉に到達する揺れが小さくなる計算をしていて、委員から意見が続出し、大紛糾しました。最近になって、それは関西電力が美浜などの原発の審査に備えて裏で糸を引いていたことが分かりました。(詳しくは「週刊しんぶん京都民報」2011年10月2日付に掲載)

こうけつ・かずき 1956年、神奈川県生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了。理学博士。07年から、原発の耐震安全評価を行う、経産相の諮問機関・総合資源エネルギー調査会の「地震・津波、地質・地盤合同W G(ワーキンググループ)」委員、09年から同主査を務めた。著書に、『理科年表』(国立天文台編)、『地震・津波と火山の事典』(共編著)、『超巨大地震に迫る』(共著)など。