染織の都の歴史から未来を模索 京都工芸繊維大学でシンポ「近代京都の蚕業と染織」

京都工芸繊維大学(京都市左京区)は2月21日、同大学が所蔵する繊維関係資料類のアーカイブ作成に向けた第3回シンポジウム「京都工芸繊維大学―近代京都の蚕業と染織―」を学内で開催し、染織の都の歴史を振り返るとともに、今後の発展の可能性について議論しました。
シンポジウムでは約160人が参加するなか、同大学美術工芸資料館特任教授の並木誠士氏があいさつ。繊維に関する資料のアーカイブを作成するプロジェクトが進行しており、その成果を市民に知ってもらおうと展示を企画し、シンポジウムを開いたと説明しました。
第1部では、東京農工大学科学博物館学芸員の齊藤有里加特任助教、京都工芸繊維大学応用生物学系の長岡純治准教授、龍谷大学と京都女子大学の北野裕子非常勤講師が報告。
齊藤氏が東京蚕業講習所、長岡氏が京都蚕業講習所の設立やその後の発展について解説しました。明治政府が産業政策の柱の一つとして蚕業研究における東日本の拠点として1896(明治29)年、東京農工大学の前身・東京蚕業講習所を、西日本の拠点として1899(明治32)年、京都工芸繊維大学の前身・京都蚕業講習所を設立したことを紹介するとともに、当時、世界的な生糸の産地だったイタリアやフランスで微粒子病がまん延し、養蚕が壊滅的打撃を受けるなか、両講習所の研究・教育が、日本の生糸生産を世界有数のレベルに引き上げる上で大きな役割を果たしたことを強調しました。また、両講習所で女性の教育も位置付けられていたことも明らかにしました。
北野氏は、幕末・明治維新で苦境に陥った京都染色業が、京都府の官業政策と民間の努力により再生していったプロセスをひもときました。京都府がフランスへ留学生を派遣し、技術をいち早く学ばせるとともに、染織関係の施設を次々と開設し、留学生による教授を行い、技術を広めたことや、美術学校を設立し、デザインの向上に対応できる人材育成をし、デザインの革新を後押ししていったことなどを明らかにしました。
第2部では、第1部の報告者3人と並木特任教授、生田ゆき・文化庁文化財第1課文化財調査官の5人が、「蚕業と産業―〈染織の都〉のこれまでとこれから」をテーマにディスカッションしました。



