倉岡愛穂追悼祭 京丹後市の丹後町宇川出身で、82年前に反戦教育を理由に特別高等警察(特高)の拷問で虐殺された反戦教師・倉岡愛穂(くらおか・よしほ)さんの追悼祭が10月28日、同市宇川の倉岡家の墓地で営まれました。治安維持法国家賠償要求同盟京都府本部、同和歌山県本部が共催したもので、清流・宇川の丘の上に、大型バスで和歌山県各地から来洛した人や、京都市内・丹後一円からの60人を超える人が参列しました。
 倉岡愛穂さんは宇川に生まれ、京都師範卒業後、地元宇川の鞍内地区にあった旧虎杖(いたどり)小学校で教べんをとり、校長を歴任。その後、神戸市内で教べんをとっている時に、「治安維持法違反」を理由に特高から拷問を受け、虐殺されました。42歳でした。
 追悼祭では、岡本康・国賠同盟京都府本部会長があいさつし、「戦争に反対し、平和と人間を愛する教育を進めていた小学校教師の倉岡愛穂さんを、特高は治安維持法に触れたとして100日余も御影署で拷問を加え、虐殺しました。わたくしたちは、倉岡さんの死を無駄にしないよう、再び戦争する国にしないため運動していきます」と述べました。
 追悼者を前にして、法衣をまとった京都宗教者平和協議会の大原光夫事務局長の読経の中、参列者の焼香が続きました。丹後の参列者を代表して東理代吉氏と、和歌山からの参列者を代表して引地事務局長が心のこもったあいさつを行いました。
 遺族の倉岡家の代表は「この墓地に反戦教師の碑を建設するご意向などをうかがい、深く感動しています」と謝辞を述べました。(O)