昔を今に 菓子つれづれ

文月 香りと彩で

 この月は祭り月。一日の吉符入りから、つごもりの夏越祭まで、十七日の山鉾巡行、神輿渡御、二十四日の還幸祭あたりを頂点として八坂神社(以後「祇園さん」と表記。親しみを込めて私共は祇園さんと呼ばせて頂いています)の氏子町内では様々な神事、行事が執り行われます。
 祭り関連のお菓子、有名な稚児餅、役行者山ゆかりの行者餅、菊水鉾のお茶席のお菓子・したたり、他にもいろいろ造られています。茶の湯の席でも祇園さんの御紋を写した物、山や鉾に取材した物とか多様な御注文を頂きます。
 年によって梅雨が明けぬ年もありますが、厳しい暑さも真っ盛り、お菓子にもそれなりの工夫がこらされています。例えば稚児餅には柚味噌が、行者餅には山椒味噌が、したたりには黒糖が使われています。各々爽やかな香りや薬効があったりして、口にして爽やか、賞味して健康、と言うところでしょうか。

夏の花

 私の実家ではヘギ種を水色にして、柚の入った漉餡を巻き、焼印で鮎の顔や鰭を焼き付けた鮎のお菓子を造っています。同じ鮎でも焼物で求肥を巻いた物、四角い調布等も有ります。何(いず)れの生地もさっくりとした生地、餡も柚の香りの物や、餡以外の素材を包む事で少しでも清涼感を出そうと云う試みかと思われます。
 お茶の席で夏と言えば先月申しました夏羊羹のとりどりに、何と言いましても葛が玉将として出て来ます。奈良の南部吉野大宇陀辺で造られる吉野葛、砕いた葛の根を何度も何度も寒の水で晒して、より白く、より細かくと丹精込めて純白の微粉に仕上げていきます。水で戻し、砂糖を加えて練り、餡を包んで強火で蒸し上げますと薄白く濁った感じの葛が透明に変化します。香り良く、粘りが有り、腰の強い、良質の澱粉生地の出来上がりです。この透明感を生かして包む餡の彩を工夫して、夏向きのお菓子を考えます。伝統的な物ですと、ピンク色に染めた白餡を包んだ「夏の花」や、茶巾絞りにした「水ぼたん」(お店によっては本物の牡丹のように平らな絞りも有ります)、「夏木立」は濃い目の緑色の案を腰高に丸め包んだもの、漉餡を包んだ「たそがれ」、水色、緑、ピンクの三色を一つに丸めたのを包んだ「水の彩」又は「水てまり」等があります。葛の透き通る涼やかさ、彩と菓銘で感じる涼味を味わって頂きたいと思います。
 近年漉餡の物、白餡を使って彩を付けたもの、葛焼が早いときには六月の末頃から見かける事が多くなって来ましたが、葛焼は晩夏のお菓子かと私は思っています。蒸し上げ、冷やし、角切りにし、上用粉をまぶし、強目の火で焼かれた焦目の風情は秋の訪れを思わせる侘びた感じに充ちています。そんな事で私共では漉餡の葛焼は八月に入ってからでないとお造りしておりません。
 扨(さて)、あれやこれやしましても、中元、お盆の帰省の時以外は比較的のんびりしていますので、普段行き届かぬ清掃や細かい道具や型の整理等片付け物をして過ごします。冷凍冷蔵庫の普及によって餡や原材料の保存が格段に良くなりましたので、仕事が平均化され、以前程夏に時間を持て余す事もなくなりました。
 昔と呼んで良い頃は、午後から工場はお休み、仲の良いお店が何軒か集まって野球大会とか、店の内で将棋大会とか、お店によってはお茶の稽古をされたり、お出入りの御本山等にお願いして名庭の見学とか、中には早朝座禅の会と云うのも聞いた事が有りました。仕事が暇と言う事は決して良い事ではありませんが、一年通して見てみれば、あんな昔のゆったりとした夏のすごし方も又良しで懐かしくさえ思われます。

水無月のお菓子

2010年6月29日 16:06 |コメント0
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甘楽花子(かんらくはなご)
京菓子司の家に生まれ、2003年独立開業。兄が4代目を継ぐ実家では、主に茶道用生菓子を製造しており、生まれながらのお菓子屋と自分では思っています。趣味は多岐に渉りますが、茶道は裏千家、茶名は宗豪、準教授です。

Shop:京都市中京区烏丸丸太町下ル大倉町206オクムラビル1F TEL075・222・0080 →map

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