お菓子で巡る趣味の周辺

〈7〉お客様に育てられ

 同じ京都でお菓子を造っていましても、自ずと店ごとの個性がある事は皆さんご承知の事ですが、これは何故かと不図(ふと)思ってみました。

葛氷室葛 氷室

 京都は和菓子の都でもあります。広い意味で和菓子と言いますと、各地方ごとに銘菓と呼ばれる美味しいお菓子が数多くありますが、京都のように千数百年都であり続けた町で、常に人間に関わる営み(政治、経済、文化)が変遷する中で自らも変容、進化し続けてきたと言うのは希有の事と思われます。平安時代、室町時代から続くお店が数軒、江戸時代からとなりますと、数え切れぬ程の数です。鶴屋、亀屋、亀、若狭屋、笹屋、柏屋、鎰屋、ちょっと思い浮かぶ屋号だけでもこれだけ、更に各々本家、分家、別家とあり、長年月の間に枝分かれしていますので、実際の数はその何十倍になり、系統ごとにその風があります。薯蕷(じょうよ)のお得意な、きんとんが美味しい、伸し物が上手な、お干菓子専門の、といろいろです。
 またお出入り先によっても独特の風があります。老舗で御所や京都所司代、各藩のお出入りだったお店、各宗派御本山お出入り、神宮、神社のお出入り、茶、華、能、香等のお家元お出入り等。それ以外でも、ちょっと気を付けてみていると、お店のご主人の個性、これがそのままお店の個性になっている事に気付かれると思います。
 「何や分からんけどあの人とは気が合う」「何やあの人とは合わん、好かん」と言うような事は誰しも頷(うなず)かれる、覚えがおありでしょう。

 お商売をさせていただく者は、思うてもならん、言うたり態度に表すなどもっての外ですが、正直なところあります。このプラスの面、気の合うお客様は自然何度もお越しになります。回を重ねるごとに人間の事ですから親しみも増し、お話をさせて頂く、お客様からご意見、ご注意を頂く事も。お菓子にまつわる話題から発展して趣味の範囲のお話になる事もままあります。これが私どもお菓子屋にとりましては有難いことで、居乍(なが)らにして自分の知らない世界をご案内頂くことになり、興味津津、耳をダンボにして聞いています。
 他所でお話しになる位ですから、お好きな道、それなりに詳しくて、何より楽しんでお話し下さいます。本当に毎日いろいろなお方が来られますので、お菓子屋定番のお茶、お華はもとより、能、狂言、文楽、俳句、短歌、陶芸、写真、仏教彫刻、書道、舞踊、映画、日本画、洋画、古美術、園芸その他諸々。更にこれが御主人の趣味と同じとなりますと、話の中味が一段と濃くなり、ついつい長話と言う事になりがちなものです。
 私の知る範囲では、俳句の趣味が高じて、お客様だった俳人の方を招いて業界内で句会をされている方、古美術がお好きで、古美術商や評論家のお客様に恵まれ、蒐集にも熱が入り、本まで出された方、「新派のお芝居」がお好きで、後援会まで造られた方、水彩画がお得意で、お客様の画家の指導を受けられ、玄人芸の方等々おられます。各々のご趣味がお菓子造りから、包装紙、口上書、店構え、店内の装飾、ショーケースのディスプレイにまで生かされ、そのお店独特の味になっています。お客様のお声でも「毎月あのお店の陳列を見せてもらうのが楽しみ」との事、何人もお聞きします。大体同じ何軒かのお店の事なのですが、趣味が見事に生かされている例と言えましょう。

恐い、嬉しいお客様

 私は未だそこまでの経験はないのですが、先輩に聞かせてもらった話題です。
 歳末、その年顔見世を見に来られた常連のお客様が東京への帰途立ち寄られ、お土産にたくさんお買い上げいただいたので、お礼状に添えて千枚漬をお送りした事に対するお礼状、

かまわぬ
(かまわぬ)をすき込んだ和紙の巻紙、時候の挨拶にかけて顔見世の評をさらり、鉢に盛った千枚漬を墨絵で軽く刷かれ、それはそれは見とれるほどの能筆で墨の色の匂うようなものだったそうです。そこで差し障りのない部分を表装して、季節が巡る毎に自室に掛けておられるそうです。
 こんな恐い、嬉しいお客様方が京菓子を育てて下さいます。固い表現ですが、京菓子の魅力の一つは顧客と製造者の幸せな関係にあるのではないでしょうか。

2011年6月27日 15:02
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甘楽花子(かんらくはなご)
京菓子司の家に生まれ、2003年独立開業。兄が4代目を継ぐ実家では、主に茶道用生菓子を製造しており、生まれながらのお菓子屋と自分では思っています。趣味は多岐に渉りますが、茶道は裏千家、茶名は宗豪、準教授です。

Shop:京都市中京区烏丸丸太町下ル大倉町206オクムラビル1F TEL075・222・0080 →map

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