縁の下の力持ち

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英執着獅子 雪の降る音を聴いたことがありますか?
 霰(あられ)や雹(ひょう)と違って、本来しんしんと降る雪に音などありえないのだが、なければ作る。作ってしまう。そこが歌舞伎の面白いところである。
 表現する楽器は大太鼓。尖端を布で巻いた銅鑼の貝撥で「ズン、ズン」と縁から中心へ打っていく。この「雪おろし」を耳にするとたちまち白皚々たる雪景色が目の前に広がるのだから、音の世界とは測り知れないものだ。そんな音でと、疑う向きもあるだろうが、まあ、お聴きあれ。これがいかにも、その情景を現していて比類ない。またこの「雪おろし」は、江戸と上方では微妙に打ち方が違う。江戸は早間で細かく、上方はやや間をとった余裕があることに注目したい。他にも大太鼓の力は偉大なもので、山おろし、水音、波音、雨音、風音など森羅万象を表現してしまう。
 長撥で打つ「どろどろ」は、そう、ご存じ幽霊の出現。緩慢な間で刻み打ちするので、非常な修練を要する。鳴物の演奏者は開演二時間前に楽屋入りして準備に余念がない。縁の下の力持ちがここにいる。
 大太鼓は歌舞伎音楽の首座であるといってもいい。しかし舞踊などで舞台正面の囃子連中が居並ぶ中に、大太鼓の姿は見かけない。何故かというと、大き過ぎるから。何しろ直径の寸法が二尺五寸から三尺五寸である。鳴物の王者故にこれを舞台に出すと、他のものが霞んでしまう。ために舞台下手の連子窓に御簾をかけた場所で演奏する。いわゆる黒御簾音楽がそれである。南座の歌舞伎鑑賞教室では、毎回この大太鼓を登場させて、その雄姿を披露している。ぜひ一度ご覧いただきたい。桂九雀の解説も微に入り細を穿ち、分かりやすい。上村吉弥の「英執着獅子」は華やかでソツなく纏めていた。(挿絵・川浪進)

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08/05/13│歌舞伎のツボ│コメント1

コメント

春香さん

雪の降る音、聴いたことはありません。
う~ん、春香さんの文章を読み、懸命に想像するのですが…。
どんなんやろ!!聴きたい!
それには歌舞伎を観なくては!
と言う気持ちになります。
その気にさせる、そそられる文章です。お見事!
それから、歌舞伎鑑賞教室です。
大昔に、名古屋の御園座で観た覚えがあります。
そうそう、私の卒論は『郭言葉』だった。
もう、春香さんの誘導で歌舞伎がどんどん身近になります。
ありがとう!

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