どこを切っても玉三郎

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坂東玉三郎 歌舞伎役者が出演するものは、みな歌舞伎になる、と劇界では言われている。中国で六百年の昔に生まれた昆劇が、坂東玉三郎主演で京都南座で上演された。画期的である。
 驚いたことに、玉三郎以外だれも日本人が登場しない。音楽も笛、琵琶、笙まではわかるが、大阮や革胡はどんな楽器なのだろう。しかも全編中国語であるため、上手下手に日本語字幕が映る。まさに中国一色だった。なれど、異国の名作に単身で斬り込む悲壮感が漂うかと思えば、これまた大きな当て外れで、舞台を席巻したのは艶麗な玉三郎ひとり。まさに金太郎飴の如く湧き出でる。この陶酔境は彼ぬきでは成り立ち得ない。つまり昆劇といえども歌舞伎に呑み込まれた公演とみえた。それほど歌舞伎の懐は深かったのである。
 玉三郎を初めて見たのは、昭和四十一年八月の新橋演舞場だった。十六夜清心の通しで、守田勘弥の清心に端なくも殺される求女、ひと役である。まだ十五歳の少年であった。丁度変声期だったらしく無理に出した声は、掠れたり裏返ったりで、何とも可哀想な有様だった。けれど役者ぶりは群を抜いていて、鶸(ひわ)色紋付きの着流しに、緋の脚絆をみせた姿にはため息が出た。三島由紀夫が「日本にこんな美少年がいたとは」と絶賛したのも故なしとしない。まさに、胸のゾクゾクする色若衆ここにありという気がした。
 あれから四十二年たつが流麗な姿形はいよいよ美しく、「集賢賓(しゅうけんひん)」を歌う声は小鳥のさえずりにも似ている。殊に、憂いのきく目の魅力的なこと。芳醇な演技力には些かの揺るぎもない。「牡丹亭」では、玉三郎の他に二人の女形が杜麗娘を好演した。京劇を代表する梅蘭芳(メイランファン)を彷彿とさせたが、とてもとても玉三郎の敵ではなかった。(挿絵 川浪進)

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08/04/08│歌舞伎のツボ│コメント2

コメント

お春さん

遂に出ました!玉三郎♪
ファンが多いですよね。

今回は昆劇。
これはテレビのニュースで観ましたよ。舞台で日本語字幕が出るって、一体どうやって実現したのでしょう?

お春さんの今回の褒めようは凄い!
さすが、玉三郎ですか?!42年前の玉三郎を覚えていらっしゃるなんて、お春さんも凄い!余程インパクトが強かったのでしょう!

歌舞伎役者が出演するものは、皆歌舞伎になるというお話も、なるほどなあ!って、色々な歌舞伎役者さんの出演した映画を思い出しては納得しました。

春香さん

またまた眼福でしたね~。
春香さんの文章を読むと、観ていないのに、
あたかも自分が体験したがごとくに思えます。
いつも楽しませてくださってありがとう!!
それと、川浪画伯も絶好調ですね。
楽しませていただいています(*^_^*)

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