鼠、蛸、猪、犬、蝦蟇、馬等々。この動物たちは、大部屋の役者さん達の持ち役である。人間が装束を着て演じるのは、歌舞伎独得のおおどかな様式美といえる。なかでも馬の足。この人達がいなければ舞台は全く成り立たない。意気でイナセで、そうして己を消すことに命をかける大部屋さんこそ真の名優といっていいのではないか。
さて、馬が活躍する狂言は「一谷嫩軍記」「実盛物語」「塩原多助」など、幾つも指を折ることができる。通常、馬は作り物の頭と胴体の中に前足と後足の二人の役者が入る。この二人の息が合っていないと胴体は傾き、主役が落馬の憂き目をみたりする。前足は首を支え、後足は胴体の釣合いを取る。外はほとんど見えず、首と腹に紗を貼った小さな窓があるだけ。そういえば「近江のお兼」では、花道から馬が落下してしまったことがあった。
当然のことながら、この馬の足は重労働である。何しろ、馬自体の重さに加えて、鞍、鐙(あぶみ)、轡(くつわ)で4、50キロ余り。その上に鎧の武士が跨がるのだから、優に120キロは超える。「実盛」では更に子役を一人加えるので、その重さは吐き気を催す程だという。しかも、ただ人を乗せるだけではない。幕切れでは、主役を喰うほどの演技力がいる。まず、実盛が手綱捌きをみせるが、馬は知らん顔をしている。さらに促すのに、ふんと横をむく。見物も一笑して、思わず身を乗り出すところだ。困った実盛が気合を入れ直すと、今度は一転して嘶き、見違えるような駿馬となって花道を引っ込んでゆく。その鮮やかなこと。こういう阿吽の呼吸と、巧みな芝居心がないと、馬の足も務まらないのである。某劇評家は「間の取り方、音曲の心得、素早い機転が必須で、乗っている主役以上の伎倆がいる」と断言したものだ。一朝一夕では出来ないこの役には、特別手当が付く。その名も「飼葉料」。なかなかしゃれているではありませんか。(挿絵・川浪進)
歌舞伎のツボ 記事一覧
金銭をいうにはあらず 
鼠、蛸、猪、犬、蝦蟇、馬等々。この動物たちは、大部屋の役者さん達の持ち役である。人間が装束を着て演じるのは、歌舞伎独得のおおどかな様式美といえる。なかでも馬の足。この人達がいなけ...08/10/10│ コメント(0)一人語り
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