きゅうたろう君が吐いている。
弟は下痢だ。
二人の保育園は別々だが、どちらでも嘔吐下痢症が大流行している。
二人とも機嫌が悪い。
金、土、日と二人の体調不良の子どもを一人で相手をした。
夫は予定を変更することなく仕事に出かけた。
きつい。
子どもではなく、私がだ。
ひっきりなしに二人が泣き、甘えてくる。
食欲がないからのどを通るもので栄養のあるものを作ってあげたいのに、私は台所に立つヒマもない。
頻繁にオムツを替え、そのたびに念入りに手洗いをしなければいけないのでそれだけでも時間が結構かかる。
二階に着替えを取りに行くだけなのに子どもたちはひとりにされるのがイヤで一緒に行きたがるし、両腕に子どもを抱えて階段を登り降りする。二人合わせて20キロを超えるのに!
調子が悪いとなかなか寝てくれず、弟は寝ている間中おっぱいを口から離さない。離した途端すごい泣き声をあげて起きてくる。
遊びに外に出してやりたくてもそう長くは出してやれない。
そこへ来て(いつもだが)夫はいない。
まともなものを食べずに、よく眠れず、泣き声に追い回されて、3日続いた。私がしんどいなあ~と思うの、ふつうだよね?
私は仕事復帰した。
午前中だけ働き昼間は家にいる。
午前中で職場を「お先に失礼します。」と帰るので、
「おうちでお昼からなにしてるの~」と聴かれることがある。
おうちでゆっくりお昼寝したり、お茶を片手に映画鑑賞…。
なんてしているヒマはない!
昼食を取ったあと子どもたちのお迎えに出るまで私が椅子に座ることはない。
朝ご飯の片づけ、床に落ちた食べこぼしを掃き、お布団をぱたぱたして洗濯物を畳み、夕食の買い物と調理をする。
それだけで午後4時。
お迎えに出る時間だ。
子どもたちが帰ってきてご飯、お風呂、本を何冊か読んで一緒に遊び、ネンネをさせると午後9時。
もって帰ってきた洗濯物が山とある。
子どもたちと一緒に寝てしまい、深夜に起きて洗濯することもある。
半日を家事に費やしても床にご飯粒や(乾いたご飯粒は凶器だ!)増えてくるおもちゃが散らばっていない日はない。
きゅうたろう君の靴を毎日洗うなんて無理!
おやつは手作りする余裕はない!
こんなに家事に時間がかかるなんて。
半日のパートの私でコレなんだから、フルタイムで働くママのおうちはきっと洗濯物が常に山と積まれ、掃除は週に1回かそれ以下なんじゃないだろうか。
いや仕事をしていないママのおうちは余計ひどいかも。
子どもが保育園に行っているから数時間でも家事に専念できる時間があるんだもの。
その証拠にうちでも休日や、子どもが体調不良で保育園に行けない日は途端に家が汚くなる。
掃除を始めようと目を離した瞬間に兄弟ゲンカが始まり泣き声があがる。食卓の下を掃いたと思ったら子どもが居間でビスケットをこぼしている。お皿を洗おうとしたら「ママア、オシッコデテシマッタ。」と声がかかる。
ミニカを片づけたと思ったら電車が出されている。
笑うしかない。
子どもを持つ前は家事と子育てがこんなに手間暇かかるものだとは知らなかった。平然と「子どもができてからも仕事は続けたい。」と周りに言っていたと思う。
そんなに簡単なもんじゃない。
私は育児休暇を切り上げ、仕事に復帰することに決めた。
弟を入れようと考えていた保育園に空きがあるのを園長先生に聞いたからだ。
しかし、夫は連日深夜の帰宅で、実母も義母も京都におらず、残業と変則勤務をする条件は何度考えても私にはない。
もちろん夜間保育や二重保育をやりくりする手もあるにはあるが、子どもたちへの影響を考えるととても踏み切れないし、それが10年近く続くなんてとても決意できない。
退職して残業と夜勤のない非常勤になるしかない。
私はちょっと泣いた。
子どもを育てながら正社員で働くのってそんなに大きな望みかな?
5年前、なかなか正社員で仕事が決まらずやきもきしたのに、また自分から非常勤にならざるを得ないなんて。
課長にお願いに行ったときに、自転車に乗りながら涙が出てきた。
後日の面接でも面接中に涙をこらえられなかった。
でも落ち込んでるヒマはないのだ。私はママだもの。
私には全体重をかけて頼ってくるきゅうちゃんとようちゃんがいるもの。
私の職業は「ママ」だ!
私は残念だが退職して、非常勤になった。
暑い。
きゅうたろう君はみずあそびがお気に入りだ。
おうちのちゃぷちゃぷプールは小さいが、弟と二人で十分楽しめる。
午後5時。
保育園から帰ってきたきゅうたろう君は自転車から飛び降りると
「プールシル」
と言う。
はいはい。もうママは、もう5時やのにとか、もうご飯やのにとか、パンツ自分で取ってきてとか言わないよー。
弟の分と合わせて2枚パンツ持ってきてあげる。
「服脱いどいて」
とパンツとバスタオルを用意しているとたいてい近所の子どもがプールの前にうらやましそうに集まっている。
子どもはプールが大好き。でも午後5時に自分ちでプールさせるおうちはあんまりないだろう。
「一緒にやるー?」
というと「いいの?!」と水着に着替えに走ってかえって行く。
今日はそう君4歳とかりんちゃん6歳が一緒だ。
「カチテカチテ」
ホースを私から奪ったきゅうたろう君がかりんちゃんの顔に水をかけた。
本日2回目だ。
「もうあかん。お顔にかけたらあかんって言ってるのに。今日はホースはおしまい!」
怒られてきゅうたろう君はすねた顔をしている。
私に抱きついてきて、「オコラレタ」と小さい声で言った。
きゅうたろう君はこういう反応が素直でかわいい。
「モウアガル」
「いいけど、ママはまだようちゃんとプールしてるよ」
「ウン」
ひとりでパンツを脱いで玄関でバスタオルを手にとっても誰もかまってくれない。そのうち
「キュウチャンモスル!」
といってまたプールに入ってくるのだ。
小さいプール。
おもちゃもせいぜい5,6個。
子ども4人。
すぐにプールに飽きたらず飛び出してしまう。
今日もみんなでプールの水を前の私道にまき始めた。
子どもたちはすごい興奮している。
コップやじょうろやペットボトルに水を入れてプールと私道を往復している。
私もそう君とかりんちゃんのママとおしゃべりに熱中していた。
きゅうたろう君は?
やられた!
さっき脱いだままだ!
はだかん坊で!アンパンマンのおけを片手に一緒に走っていた。
きゅうたろう君は2歳9ヶ月。
大人からすると思っても見ないことをする。
子どもらしくて笑って?しまう。
今日の笑って?しまったこと。
夫が珍しくブラームスのCDをもってプレーヤーに近づいた。
「久しぶりだなあ。僕は一番がやっぱり好きなんだよ。」
私も好きだ。私たちは音楽のサークルで知り合ったのだ。
自分の好きな音楽を聴くのなんて久々だ。
夫がディスクを入れようと腰をかがめるときゅうたろう君がささっと寄ってきた。
あら。興味あるのかしら。
「アンパンマンキクノ?」
ときゅうたろう君は嬉しそうに言った・・・。
苦笑。
そうだよね。きゅうたろう君の好きな音楽って、アンパンマンだよね。いくらお兄ちゃんになってきたからってブラームスはまだよく分からないよね。
きゅうたろう君とスーパーに行った。
帰りに中に入っている花屋さんでよく少しばかりのお花を買うのだけど、今日はきゅうたろう君にお花を選ばせてあげようと思いったった。きゅうたろう君も弟もお花が好きだ。
「きゅうちゃん、好きなお花選んでいいよ。おうちの玄関に飾ろうよ。いっぱいあるねえ。」
私はきゅうたろう君は小花や、色のはっきりしたひまわりのようなかわいらしいものを選ぶと思っていた。
「ウーン・・・。コエ!」
きゅうたろう君が数ある花の中から選んだのは、隅っこに置いてあった暗いあかむらさき色の菊の花だった・・・。
仏花じゃんか・・・。
苦笑。
気分の明るくなるような花が良かった…。
何度も聞いたけど「コエ」というし、しょうがない。
買って帰った…。
今日の夕飯は海苔巻き!
暑くて夕飯を作る気が起こらないから近くのお寿司屋さんに頼んだ。
きゅうたろう君も海苔巻きが大好きだ。
輪切りにして真っ先にきゅうたろう君の前に置き、私は弟と家族の分をせっせと切っていた。
「モット」
え!?もう食べちゃったの!?
振り返ると、のりとご飯を残して真ん中の具だけがきれいになくなっていた…。
ドーナツ!!
そんなの海苔巻きのおいしさが台無しじゃない!
きゅうたろう君はそうなった海苔巻きをがんとして食べないので、どこのどんな海苔巻きでもおいしいという無類の海苔巻き好きのおばあちゃんにそれをたべてもらった…。
今日のお風呂上がりの果物はぶどうだ!
きゅうたろう君は果物がとにかく好きだ。
赤ちゃんの時から食が細くて悩まされたけど、そのときから果物は好きだった。
きゅうたろう君はデラウエアなら一房を一人で食べてしまう。今日も快調だ。
「ウフフフ。」
なんだか変な笑い声がする。
弟に食べさせてあげる手を止めてきゅうたろう君を見ると、
なんと!!
皮入れの皿に顔を鼻までつっこんで口いっぱいにぶどうの皮をほおばっていた!
オエー!!
そんなもの食べないでー!
きゅうたろう君と弟はしょっちゅうけんかをしている。
また!!
そんなことで!!
はー。
やめてえな。
こらー!
もちろんけんか以外にもそれぞれがやってはいけないことを次々にやる。
今日一日の二人のいざこざ。
きゅうたろう君が保育園から帰ってきた。
三輪車に乗ったきゅうたろう君は、キティちゃんの手押し車に弟が乗ったのを見て早速「カーワッテ!」と弟を押しのけた。
「ウギャー!」弟は嫌がった。
「きゅうたろう君!!いいよって言われないのに勝手に乗ったらアカン!ようちゃん、替わってあげようか。三輪車に乗ろう。」
夕飯に二人とも大好きなトウモロコシのゆでたのをあげた。
私には一つ、弟にも一つ、きゅうたろう君には初めから二つあげた。
早々に二つとも食べてしまったきゅうたろう君は弟の右手からトウモロコシを奪おうと手をつかんだ。
「ウギャー!」弟は腕をぶんぶん振り回して抵抗した。
「きゅうたろう君!!二つあげたやろ!もうあかん。残ってるとこきれいに食べとき!」
夕飯が終わるときゅうたろう君は「アンパンカケテ」とプレーヤーを指した。ここ数日どういう訳かアンパンマンのテーマが気に入っているのだ。
電源を入れて青い電気が点滅するのを見て弟ははいはいのスピードを上げた。プレーヤーの前でぐらぐらとつかまり立ちをしたところ、
「ヨウチャン、サワッタラアカン!」
きゅうたろう君は自分がボタンを触りながら弟の手を払った。
「ウギャー!」弟は倒れた。
「二人とも触ったらアカン!」
アンパンマンのテーマを聞きながらきゅうたろう君はアンパンマンのめいろ絵本を開いた。迷路といってもきゅうたろう君は塀があっても橋が壊れていてもずんずん通っていく。
「ママー。ドコトオル?」
二人で本を見ていると弟がペタンペタンと近づいて来た。
そしてアンパンマンの絵本を取ろうと、開いたページにバン!と手をついた。
「キュウチャンノ!!」
きゅうたろう君は本にしがみついた。
「ウギャー!」弟は抗議した。
「きゅうたろう君!二人の本!ようちゃん!お兄ちゃんがいま見てたの!」
お風呂から上がってみかんをあげようとお皿に入れて私が座ると、二人ともお皿に突進してきた。
「ミンナノミカン!ヨウチャンダケノトチガーウ。」
きゅうたろう君は弟の手を押しのけながらお皿に手を伸ばしている。
弟はみかんの皮が何枚も口の中に残っているのに口を開けて私の膝に立っちしている。そしてもう片方の手はきゅうたろう君の手をつかんでいる。
「きゅうたろう君!みんなのみかんって…ひとりで食べてて…。ようちゃん!ごっくんしてから次を食べて!」
二人とも夜は早くネンネする。
しかし両方寝付くまでベッドの上は騒々しい。
「きゅうちゃん、ようちゃんすぐにネンネしそうやから本読んで待っててくれる?」
「キュウチャンモネムタイヨー。キュウチャンサキネンネー」
先にきゅうたろう君にぽんぽんしていると、弟が私の背中やきゅうたろう君の胸に両手をついて立っちしてくる。
「ヨウチャンヤメテー!ペン!」
「ウギャー!」
「……」
疲れた。
仕事を育児休暇で休みはじめてからそろそろ一年だ。
きゅうたろう君を保育園にやり、弟と一緒に過ごす日々だ。
自分の時間は相変わらずないが、きゅうたろう君もおっぱいをやめ、弟も夜は寝るようになってきたからずいぶん楽になってきた。
そろそろ仕事に戻りたいなあ。
何度もそう思うが夫の帰りが毎日2時3時なのと、自分の仕事が変則勤務なのがどうしても引っかかって決心できない。
私が夜10時近くまで働いたら、夫が子どもたちにご飯を食べさせるわけだけど、あの人、調理して二人の幼児に食べさせられるかなあ。
いや、買い物からやってもらわないと。
子どもたちは私と寝るのに慣れているのに、パパとネンネできるかなあ。
彼の睡眠時間はもっと減るだろうなあ。
変則勤務じゃなくても、私は今と同じだけ子どものために時間を使うのは無理だろうなあ。
あー、それじゃあ毎日靴を洗ってあげることも、晴れの日にお布団を干してあげることも、おやつを手作りしてあげるのもできなくなるんだなあ。夕飯の後電車を見に出かけるのも疲れてできなくなるのかなあ。仕事のイライラを子どもにぶつけてしまわないかなあ。
やっぱりもうちょっとおうちにいてようか。
いつもこんな感じで復帰する決意は固まらない。