<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>歌舞伎よりどりみどり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/atom.xml" />
   <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14</id>
    <link rel="service.post" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14" title="歌舞伎よりどりみどり" />
    <updated>2008-11-21T04:46:06Z</updated>
    <subtitle>４００年を超える歴史を持つ日本の伝統芸能、歌舞伎について。作家・川浪春香による、歌舞伎ウンチクから人生観にまで拡がるこだわり歌舞伎エッセイ。歌舞伎のついての豆知識も掲載。</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type  3.21-ja</generator>
 
<entry>
    <title>三角の雪　四角の雪</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/11/post_58.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9916" title="三角の雪　四角の雪" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9916</id>
    
    <published>2008-11-21T04:39:53Z</published>
    <updated>2008-11-21T04:46:06Z</updated>
    
    <summary>　「下京や雪つむ上のよるの雨」 　蕪村の傑作「夜色楼台図」を見るたびに、凡兆のこの句が浮かんでくる。これは、最初に上五文字がなくて下句だけ出来ていた。芭蕉の弟子達が集まり、色々置い...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081121.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081121.php','popup','width=344,height=460,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081121-thumb.jpg" width="149" height="200" alt="" /></a>　「下京や雪つむ上のよるの雨」
　蕪村の傑作「夜色楼台図」を見るたびに、凡兆のこの句が浮かんでくる。これは、最初に上五文字がなくて下句だけ出来ていた。芭蕉の弟子達が集まり、色々置いてみるが決まらない。そこへ芭蕉が顔を出し、言下に「下京や」と答えたという。更に、これ以外にいいものがあったら私は俳句を止める、とまで言い切ったのである。凄い自信ですね。
　しかし肝腎の、凡兆は沈黙したまま。芭蕉は情緒を詠み、凡兆は気息の冴えを詠む。だからこそ、「下京や」に納得できなかったと見るべきか。いや、そうではあるまい。己が苦吟しても得られなかった上五をすらりと口にした師匠に、凡兆は嫉妬したのではあるまいか。嗚呼やられた、と地団駄を踏む思いが伝わる逸話である。
　歌舞伎の雪景色はまことに美しい。舞台、花道を一面に雪布という白布で敷き詰める。勿論あの黒衣も、この時だけは白い雪衣（ゆきご）となる。木戸や樹木には雪綿を置いて、いかにも雪の降り積もった有り様を見せる。大道具方は、雪籠に紙の雪を仕込んで、天井から振り落とすのである。
　この雪は三角と決まったもので、江戸の昔からの伝統だった。まだみな丁髷を結っていた時分は、髪結いという職業が繁盛した。その元結（もっとい）を撚（よ）る「端切らず」という紙が多量に出る。つまりは廃物利用というわけでしょうね。
　三角に切るのには、理由があった。和紙の重さと、三角の平方体が落ちる際に受ける空気の抵抗が、力学的に釣合っているからという。果たして目籠に入れて綱を引くと、本物と見紛うほどにちらちらと舞って風情がある。
　「忠臣蔵」九段目や「八百屋お七」などの見せ場では、霏々と降らせる。だから趣きが違うのよと友人に見せびらかせるつもりで、先日、芝居がはねてからこの雪を拾ってみた。南無三、三角ではなくて四角になっていた。ちょっと寂しかった。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>芝居ぎらい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/11/post_57.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9842" title="芝居ぎらい" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9842</id>
    
    <published>2008-11-14T07:44:51Z</published>
    <updated>2008-11-14T07:51:52Z</updated>
    
    <summary>　へえ歌舞伎（しばや）がお好きですって？　そりゃまァ、なんと物好きなことで。いえ、正直な話、あんなもなァ早晩なくなるにきまってます。だってそうでござんしょ。当世の娯楽は黙ってたって...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/archives/photo/20081114.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/archives/photo/20081114.php','popup','width=345,height=470,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/archives/photo/20081114-thumb.jpg" width="146" height="200" alt="" /></a>　へえ歌舞伎（しばや）がお好きですって？　そりゃまァ、なんと物好きなことで。いえ、正直な話、あんなもなァ早晩なくなるにきまってます。だってそうでござんしょ。当世の娯楽は黙ってたって夢中になるものばかしで、こんなかったるい芝居を我慢して見るこたァない、とあたしゃ思うんですよ。ほう、行く前に色々とお勉強なさる？　なるほど、けどそんなに全部わかろうとされないほうが愉しめるんじゃござんせんか。そりゃァ粗筋が判ったり約束ごとを知ってるほうが、より深く身近になるってんでしょうが、どうもねえ。それ研究だの蜂の頭だのと、細々とやり過ぎるとお疲れになる気がするんですが、え、あ、やっぱりそうでござんしょ。そういう垣根をとっぱらって、子どもみてぇな目で眺めるほうが面白うございますよ、きっと。芝居を学問にしちゃっちゃァ、いけません。
　こないだ聞いたんですが、外国へ持っていってさっぱり受けないお芝居ってのは何か、ご存じでござんすか。「車引」と「道成寺」と、それからもうひとォつ「勧進帳」なんだそうでございます。ええ、この頃はあんまりやり過ぎて、安宅の関をもじって、「またかの関」と揶揄されるあの出し物でござんすよ。
　まあ、判官贔屓が不評を買うのも、よんどころなしと思います。お国が違うと情緒やら忠誠心なんぞ、所詮わかりっこありませんやね。だって、外国（あちら）ではとにかく手前（てめえ）をひけらかさなくちゃいけないんでござんしょ。これも出来る、あれも出来るって。冗談じゃござんせんよ。
　そんなこたァ此方人等（こちとら）は、やらない。昔っから日本の美徳は人を思い遣るところにあるんでね。だって、弁慶が義経を折檻するなァ主人を守るためで、富樫はそれを察したからこそ主従を逃がしてやる。いい芝居でござんすよ。二人の駆け引き問答に七十づらをさげたいまでも、こんなに血が騒いじまうんですからね。言わぬが花って。いい言葉だねぇ、じつに。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>まァず、本日はこれぎり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/11/post_56.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9766" title="まァず、本日はこれぎり" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9766</id>
    
    <published>2008-11-07T02:04:21Z</published>
    <updated>2008-11-07T02:28:51Z</updated>
    
    <summary>　ポール・ニューマンの訃報を聞いて、「明日に向って撃て」を見た。この映画はベトナム戦争で方向を見失ったアメリカを象徴し、混沌の中で息を吹き返したニューシネマの草分けといわれている。...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200811071.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200811071.php','popup','width=345,height=460,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081107-thumb.jpg" width="150" height="200" alt="" /></a>　ポール・ニューマンの訃報を聞いて、「明日に向って撃て」を見た。この映画はベトナム戦争で方向を見失ったアメリカを象徴し、混沌の中で息を吹き返したニューシネマの草分けといわれている。
　ロバート・レッドフォードとの凸凹コンビも魅力的で、男二人に女一人の構図が軽やかだった。それだけでも趣向なのに、幕切には驚いた。悲惨な死かと思いきや、蜂の巣に撃たれることなく画面が止まる。結末は多分そうなのだろうが、ご想像にお任せしますと下駄を預けたかたち。ああ、よかった。嬉しさのあまり「これは歌舞伎の絵面だ」と、拍手してしまった。
　歌舞伎では大詰を重要視しない。なるほど演劇の常道から見れば、外れているかもしれない。例えば曽我物は十郎五郎の仇討の話だが、芝居で繰り返されるのは「対面」の一幕ばかり。討つ方も討たれる方も同じ舞台でその綺羅を誇り、絵面で終わる。剣劇を期待する人は肩すかしを喰うだろう。
　「忠臣蔵」も討入りはほとんどカットされる。あれは高師直の白髪首をとるだけで、余情もへったくれもない。ただ若手の殺陣が見どころ、といってもいまさら新国劇の二番煎じでもあるまいし、誰も見ない。
　「髪結新三」はもっとすごい。大詰「閻魔堂橋」で弥太五郎源七との立廻りを見せると、闘っていた新三と仲良く手をつき、「まァず、本日はこれぎり」と平伏するのである。
　座頭役者も、余り無様な姿を晒したくない。これは人情であろう。観客とて同じこと。出てきただけでゾクゾクするような二枚目の、光と影と憂いのある姿を見たいのである。さればこそ万難を排してホテルを予約し、飛行機、新幹線、船を乗り継いで、劇場に出かけるのである。劇評家がもっともらしく、古典には主題や観念や思想が不可欠、なんぞとごたくを並べても集客力にはならない。この幕切はお客の熱烈な要望から生まれたんでしょうね、きっと。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>恋文は天紅の手紙で</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_54.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9696" title="恋文は天紅の手紙で" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9696</id>
    
    <published>2008-10-31T01:51:18Z</published>
    <updated>2008-10-31T01:53:23Z</updated>
    
    <summary>　一日、左京区黒谷の金戒（こんかい）光明寺で、長唄舞踊の「雨の五郎」を見物した。上方の歌舞伎役者、片岡愛之助の立方である。 　「雨の降る夜も雪の日も」から「とかく霞むが春の癖」の優...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081031.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081031.php','popup','width=343,height=460,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081031-thumb.jpg" width="149" height="200" alt="" /></a>　一日、左京区黒谷の金戒（こんかい）光明寺で、長唄舞踊の「雨の五郎」を見物した。上方の歌舞伎役者、片岡愛之助の立方である。
　「雨の降る夜も雪の日も」から「とかく霞むが春の癖」の優しさに加えて、二上がりの「藪の鶯」の軽やかな手踊りが眼目である。　なるほど、時分の花を武器にした愛之助の五郎は、見とれるほどだった。芸を自家薬籠中のものにすると、こんなにも華やかさが横溢するものか。閑雅な寺の大方丈は、ひたひたと快楽が立ち籠め、眼福の一夜になった。
　曽我十郎五郎の兄弟の仇討ものは、歌舞伎でも様々な題材になっている。歌舞伎十八番の「助六」も実は曽我五郎時致であり、江戸の庶民は超人的英雄として、手を易え品を易え、彼らを祀り上げてきた。
　「雨の五郎」は俗に「廓通いの五郎」とも呼ばれ、大磯から始まり、浅草観音の開帳で賑やかにシメる舞踊である。愛之助は黒繻子地綿入に金糸色糸の大蝶飛び模様を東からげに着付け、素足に塗下駄、むきみ隈に紫縮緬冠という扮装がよく似合っていた。
　荒若衆という勇壮さを残しつつ、懐から取り出す天紅（てんべに）の文が何とも色っぽい。天紅とは巻紙の上の方を紅色に染めたもので、これで恋しい人に手紙を認（したた）めると、その気持ちがひしひしと伝わる仕掛けになっている。そう、恋を実らせたいあなた。一度、お試しあれ。効き目は請け合いましょう。
　この踊りで、もう一つ物をいうのは傘である。助六の傘は雨ではなく花を受けるためだが、この五郎は春雨を避けるために差す。その風情が実にいい。愛人の化粧坂（けわいざか）少将の許に通う道具立てを、これだけすっきり仕立てた先人の工夫に唸るばかり。
　雨男、雨女は嫌われるが、易学では「龍を招く強運の持ち主」と称賛されているとか。まことに、五郎の水もしたたる男振りには、雨もまたよろしである。（挿絵・市川猿之助の五郎・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>歌舞伎の舞と踊</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_55.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9697" title="歌舞伎の舞と踊" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9697</id>
    
    <published>2008-10-31T00:54:17Z</published>
    <updated>2008-10-31T02:05:04Z</updated>
    
    <summary>　歌舞伎舞踊には定型がある。 　一、置（オキ）前奏部分。人は登場しない 　二、出端（デハ、またはデ）舞台や花道から人物が出てくる。 　三、口説き（クドキ）。愛情告白で、一曲の主眼と...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="2010_歌舞伎まめ知識" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        　歌舞伎舞踊には定型がある。
　一、置（オキ）前奏部分。人は登場しない
　二、出端（デハ、またはデ）舞台や花道から人物が出てくる。
　三、口説き（クドキ）。愛情告白で、一曲の主眼となるところ。
　四、語り。踊り手が過去を再現して踊る。
　五、踊り地。鳴り物に太鼓などが加わり、総踊りや立廻りになる。
　六、チラシ。段切の部分。幕切れの絵面へ向かって、早間で華やかに盛り上げる。
　以上のような順になっている。中には、欠けたり重複したり逆になったりという変化もあるが、普通はこういう型である。
　ひとくちに舞踊というが、これは明治期の新造語で、本来「舞（まい）」と「踊（おどり）」は違うものである。舞はぐるぐると旋回するものだし、踊は飛び上がる跳躍運動と言えばわかりやすいだろうか。ここに「振り（身振り、しぐさ、物真似）」を加えると歌舞伎舞踊が成り立つ。
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>うどんか蕎麦か</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_53.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9622" title="うどんか蕎麦か" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9622</id>
    
    <published>2008-10-24T00:52:12Z</published>
    <updated>2008-10-24T02:00:54Z</updated>
    
    <summary>「昼飯なんにします？　たぐりましょうか」 　東京の友人にそう言われて、小首をかしげたことがある。手繰るとは何ぞや。 「あれっ、関西では言いませんか」 　蕎麦を食べることだとは、知ら...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081024.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081024.php','popup','width=345,height=459,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081024-thumb.jpg" width="150" height="199" alt="" /></a>「昼飯なんにします？　たぐりましょうか」
　東京の友人にそう言われて、小首をかしげたことがある。手繰るとは何ぞや。
「あれっ、関西では言いませんか」
　蕎麦を食べることだとは、知らなかった。聞けば寄席仲間の隠語だという。そういえば、上方落語の「時うどん」の焼き直しが「時そば」だから、関東は蕎麦一筋なのだろう。
　蕎麦が出る歌舞伎は、黙阿弥の「雪暮夜入谷畦道」が極め付きである。主役の片岡直次郎は色男の代名詞だが、ここで見せる蕎麦の食べ方こそ江戸っ子の神髄といわれている。かけ蕎麦だが、とにかくその啜り込み方に色気がある。しかも本物の蕎麦、ときている。劇場近くの蕎麦屋が舞台の時間を見計らって毎日届けているのだった。
　蕎麦の食べ方ほど侃々諤々やかましいものはない。漱石の猫では「ツユを三分一つけて一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところがねうちだよ」と、かの迷亭先生が蘊蓄を傾けている。五代目菊五郎がこの直次郎をやった時、己を際立たせるために、幕開きの岡っ引きにわざと、ぐちゃぐちゃ食べるよう命じたという。なるほど物事は比較で、よくみえるものだ。さすがに名人は目のつけどころが違うんですね。
　当時の行灯には「二八蕎麦」という文字があった。なぜ二八蕎麦なのか。これは、一杯の値段が二八の十六文だからというのと、江戸風の小麦粉つなぎが二、蕎麦粉が八だからという二通りの説がある。
　可笑しなもので、さして食べたいとも思わないのに、目の前でするすると蕎麦を啜られると、矢も盾もたまらなくなるのが世の常。この芝居のあとでは、必ず蕎麦屋が繁盛したという。ともあれ、色男が啜るのは、うどんではない。やっぱり粋な蕎麦に限る、というのが関西人にとって無念なところではある。<span class="gray" style="display:block;margin:5px 0;">暗がりの南座隣り晦日そば　谷口八星</span>（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>忠臣蔵異聞</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_52.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9569" title="忠臣蔵異聞" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9569</id>
    
    <published>2008-10-17T03:22:50Z</published>
    <updated>2008-10-24T00:59:11Z</updated>
    
    <summary>　元ＮＨＫ交響楽団の常任指揮者だった、ホルスト・シュタイン氏が亡くなった。大村益次郎を思わせるような鉢の張った頭が印象的だが、その繊細な音の響きは忘れ難いものがある。カラヤンやバー...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200810171.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200810171.php','popup','width=345,height=444,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081017-thumb.jpg" width="150" height="193" alt="" /></a>　元ＮＨＫ交響楽団の常任指揮者だった、ホルスト・シュタイン氏が亡くなった。大村益次郎を思わせるような鉢の張った頭が印象的だが、その繊細な音の響きは忘れ難いものがある。カラヤンやバーンスタインは、見た目の華やかさで管弦楽を魅了したが、彼は違う。むしろ観客席からは見えない、裏のオーケストラピットでその実力のほどを示した。
　仮名手本忠臣蔵の四段目は、古くから「通（とお）さん場」という。ここは判官切腹、焼香と続くので、茶屋から運ぶ弁当、菓子、茶などはもとより、遅れてきた客は場内に入ることができない。オペラなどと違って歌舞伎は普通、途中からでも出入り自由なのだが、この一幕に限り厳しく制限されている。静寂が命の場面だからである。
　検使役二人と判官、力弥と家来だけの舞台。しんと静まり返っているのに、明らかに大勢の人の気配がする。しかし銀襖に人の姿はない。やがて「大星由良之助参らるるまで、一人も御対面は叶いませぬぞ」というところで、襖の奥から嗚咽がもれる。その響きは舞台から地面を伝い、なんと客席の足の裏にまでズズズと響くのである。実は誰もいないと思っていた襖のむこうに、大勢の諸士たちが平伏していたのだった。彼らは衣裳鬘をきちんとつけて舞台下手に居並び、皆々聞き耳を立てている。「すりゃ御対面は叶いませぬとな」で声を合わせウ、ウーッとすすり泣きをはじめる。二十人ほどの男たちが肩衣を震わせ歔欷（きょき）する有様は小波のように広がり、やがて地の底を震わせてゆくのである。客席から見えない裏にこれほどの人間が関わっているとは。こういうコクこそ、後世に残る芸の味なのだろう。
　情熱的で、ぎゅっと絞れば作曲家の心が滴る演奏。ホルスト・シュタイン氏のタクトは見えない裏の地底をすくい上げて音を紡いできたのではなかったか。不意に、胸のつまる思いがした。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>金銭をいうにはあらず</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_51.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9493" title="金銭をいうにはあらず" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9493</id>
    
    <published>2008-10-10T02:35:25Z</published>
    <updated>2008-10-10T02:40:26Z</updated>
    
    <summary>　鼠、蛸、猪、犬、蝦蟇、馬等々。この動物たちは、大部屋の役者さん達の持ち役である。人間が装束を着て演じるのは、歌舞伎独得のおおどかな様式美といえる。なかでも馬の足。この人達がいなけ...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081010.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081010.php','popup','width=345,height=424,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081010-thumb.jpg" width="150" height="184" alt="" /></a>　鼠、蛸、猪、犬、蝦蟇、馬等々。この動物たちは、大部屋の役者さん達の持ち役である。人間が装束を着て演じるのは、歌舞伎独得のおおどかな様式美といえる。なかでも馬の足。この人達がいなければ舞台は全く成り立たない。意気でイナセで、そうして己を消すことに命をかける大部屋さんこそ真の名優といっていいのではないか。
　さて、馬が活躍する狂言は「一谷嫩軍記」「実盛物語」「塩原多助」など、幾つも指を折ることができる。通常、馬は作り物の頭と胴体の中に前足と後足の二人の役者が入る。この二人の息が合っていないと胴体は傾き、主役が落馬の憂き目をみたりする。前足は首を支え、後足は胴体の釣合いを取る。外はほとんど見えず、首と腹に紗を貼った小さな窓があるだけ。そういえば「近江のお兼」では、花道から馬が落下してしまったことがあった。
　当然のことながら、この馬の足は重労働である。何しろ、馬自体の重さに加えて、鞍、鐙（あぶみ）、轡（くつわ）で4、50キロ余り。その上に鎧の武士が跨がるのだから、優に120キロは超える。「実盛」では更に子役を一人加えるので、その重さは吐き気を催す程だという。しかも、ただ人を乗せるだけではない。幕切れでは、主役を喰うほどの演技力がいる。まず、実盛が手綱捌きをみせるが、馬は知らん顔をしている。さらに促すのに、ふんと横をむく。見物も一笑して、思わず身を乗り出すところだ。困った実盛が気合を入れ直すと、今度は一転して嘶き、見違えるような駿馬となって花道を引っ込んでゆく。その鮮やかなこと。こういう阿吽の呼吸と、巧みな芝居心がないと、馬の足も務まらないのである。某劇評家は「間の取り方、音曲の心得、素早い機転が必須で、乗っている主役以上の伎倆がいる」と断言したものだ。一朝一夕では出来ないこの役には、特別手当が付く。その名も「飼葉料」。なかなかしゃれているではありませんか。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>一人語り</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/10/post_50.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9423" title="一人語り" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9423</id>
    
    <published>2008-10-03T04:05:11Z</published>
    <updated>2008-10-03T04:34:30Z</updated>
    
    <summary>　どして海老さまはこんなにいい男なんでしょ。よだれが出るくらい。貴女、そうお思いになりません？　可笑しいでしょ。こうみえても、わたくし八十二になります。お若い、矍鑠（かくしゃく）と...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200810031.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/200810031.php','popup','width=358,height=460,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20081003-thumb.jpg" width="150" height="192" alt="一人語り" /></a>　どして海老さまはこんなにいい男なんでしょ。よだれが出るくらい。貴女、そうお思いになりません？　可笑しいでしょ。こうみえても、わたくし八十二になります。お若い、矍鑠（かくしゃく）としている？　ご冗談ばっかり。もう、立派なお婆さんですよ。はあ、この派手なピンクのスーツは皺隠し。暗い色を着ると影が目立ちますでしょ。
　ええ、病院通いも毎日ですけれど、それが貴女、こうやってお芝居に参りますと腰がぴんと伸びて元気になるんでございますよ、本当に。今月も、ああ、海老さまに逢えると思うと、お恥しい話ですけれど、一週間も前からそわそわ、浮き浮き。何を着て行こうか、指環、耳輪、首飾、手提鞄はどれにしようか、靴は勿論おろしたてでと、まるで子どもの遠足を待つような日々でございます。
　歌舞伎には、それはもう娘の頃から通っておりますですよ。十五代目羽左衛門や六代目菊五郎など、幼心にはっきりと覚えております。でもね、戦後すぐの海老さまを見た時のあの、雷に打たれたような衝撃は忘れられない。わたくしも若うございましたし、一途に思い詰めて、せっせと劇場に日参いたしました。一等席を一回じゃ物足りず、三等席を幾枚も買って、呆れ顔の親を後目に出かけたもんです。けれど海老さまが十一代目團十郎を襲名して悦んだのも束の間でございました。その余韻も醒めやらぬうちに、儚（はかな）くなってしまった時は惘然。泣きました。咲き誇った牡丹が一時に散った気がいたしました。落涙。
　でも長生きの余祿でしょうか。そのお孫さんがマア生写しじゃぁございませんか。十一代目さんは骨太、今の海老さまは優男の違いはありますけれど、美男ここにありというお顔は同じ。神や仏が海老さま贔屓を憐れんで、差遣わして下さったのだと信じておりますですよ。今わたくしは幸せ。理屈抜きの幸せって、殿方にはお分かりにならないでしょうけれどねえ。ホホホ。（挿絵・川浪進）

]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>ずぼんぼ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_49.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9363" title="ずぼんぼ" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9363</id>
    
    <published>2008-09-29T01:23:21Z</published>
    <updated>2008-09-29T02:15:10Z</updated>
    
    <summary>　聞き慣れない言葉である。なに、これ？　と首を傾げる方も少なくないのでは。何を隠そう、（そんなに大上段に構えなくてもいいんですが）江戸の郷土玩具の名前である。 　まず、半紙に好みの...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080929.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080929.php','popup','width=345,height=428,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080929-thumb.jpg" width="150" height="186" alt="ずぼんぼ" /></a>　聞き慣れない言葉である。なに、これ？　と首を傾げる方も少なくないのでは。何を隠そう、（そんなに大上段に構えなくてもいいんですが）江戸の郷土玩具の名前である。
　まず、半紙に好みの顔を描き、四隅に一寸幅の長い紙の足をつける。さらにその先にシジミの貝殻を貼り付けて出来上がり。円く輪になった人々が、
　　ずぼんぼや　ずぼんぼや
　　ずぼんぼ腹立ちゃ　つら憎や
　　池のどん亀　なりゃこそ
　　ささの相手に　ヤレコレずぼんぼや
と囃しながら、団扇で煽ぐ。薄い紙のおもちゃのことであるから、ずぼんぼは、あちらへ飛び、こちらへ動く。ふわふわ舞った末に、ぴたりと張り付かれた人が負け、という単純な遊びである。
　ここまでくると、もうおわかりですね。そう、「鳴神」の白雲、黒雲坊の引っ込みの踊りがまさにこれをひとひねりしたもの。かなり卑猥な言葉も含み、もとは酒間の遊びだったことがわかる。おもちゃ自体は今でも浅草の仲見世で売られているという。
　幸田文の「父・こんなこと」の中に出て来るずぼんぼは、露伴が「目がぎょろぎょろ」と「変な顔」を描いたとある。団扇で煽ぐとその変な顔は珍妙に崩れたそうだから、それだけでも子ども達は大いに喜んだと思われる。ずぼんぼの合いの手は一説によると、江戸の町人の獅子舞の囃子詞という。紙を使って、風を頼りに飛翔するさまは、一種呪術の領域になるのかもしれない。
　獅子舞、祭とくれば、神の依代を必要とする。紙（神）が張り付く者こそ巫女（シャーマン）であり、それが神憑りのしるしと思えば何やらありがたいではないか。子どもの遊びのもとをたどると、意外な変貌に気付いて推理小説を読むような愉さを味あわせてくれる。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>十三代目片岡仁左衛門</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_48.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9305" title="十三代目片岡仁左衛門" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9305</id>
    
    <published>2008-09-22T01:19:31Z</published>
    <updated>2008-09-22T01:21:51Z</updated>
    
    <summary>　当代屈指の名優、十五代目仁左衛門の父である。この十三代目のドキュメンタリー映画が大阪で上映された。全六巻、十一時間近い大作で、朝の九時半から夜の十時まで。羽田澄子監督の畢生の記録...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080922.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080922.php','popup','width=345,height=450,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080922-thumb.jpg" width="150" height="195" alt="" /></a>　当代屈指の名優、十五代目仁左衛門の父である。この十三代目のドキュメンタリー映画が大阪で上映された。全六巻、十一時間近い大作で、朝の九時半から夜の十時まで。羽田澄子監督の畢生の記録映画だった。
　仁左衛門は晩年、緑内障を患い失明する。それでも舞台に立ち続けたのは、己が吸収した芸を次の世代に渡す、という使命感があったからに違いない。十三代目は青年時代、東西の名優達に可愛がられ、薫陶を受ける。造詣の深さは他に並ぶ者なしと言われた。
　歌舞伎役者の芸は代々、文字ではなく人間の身体で写し取られていく。見様見真似からはじまり、口伝、奥伝、秘伝を咀嚼して舞台にのせる。それが基本である。手間隙のかかることではあるが、肌身に染みついたものは、一生消え失せるものではない。さらに時代も運命もまるごと引き受けつつ、己の肉体が滅びる前に、それを若い世代に注ぎ込まねばならない。
　例えば、上方の若手役者達の「若鮎の会」で実技指導をしている姿の、恐ろしいまでの根気よさ。鼻濁音が出来ない役者に向って、「が、が違う」と手本を示しながら、何度もダメ出しをしている。大きな徳利を傾ける仁左衛門に対し、受け手の杯はあまりにも小さい。それでも怯むことなく、さあ、さあと至芸の酒を注いでいる。その滴りはぽたぽたと画面からこぼれ、裾を濡らす。ああ、もったいない。「誰か、しっかりと受け止めてあげて」と叫びたくなった。十三代目は九十歳で亡くなるまで、その精力的な姿勢を崩そうとしなかった。深い感動が心をよぎる。
　新幹線が出来たとき、仁左衛門は不思議そうに言ったという。「乗せてくれる時間が短こうなって、なんで料金が高うなるんや」
　ただ早ければいいのか。旅を愉しむゆとりはどこへいったのか。味わうべき言葉に思える。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>知盛入水は命懸け</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_47.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9249" title="知盛入水は命懸け" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9249</id>
    
    <published>2008-09-16T02:13:01Z</published>
    <updated>2008-09-16T04:32:43Z</updated>
    
    <summary>　「エデンの東」のジェームズ・ディーンは二十四歳で交通事故死した。いやいや、実は顔に重傷を負っただけでまだ生きているのだ、というまことしやかな話を聞いたことがある。洋の東西、時の古...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080916.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080916.php','popup','width=331,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080916-thumb.jpg" width="137" height="200" alt="" /></a>　「エデンの東」のジェームズ・ディーンは二十四歳で交通事故死した。いやいや、実は顔に重傷を負っただけでまだ生きているのだ、というまことしやかな話を聞いたことがある。洋の東西、時の古今を問わず英雄伝説は各地に残るらしい。
　さて「義経千本桜」の二段目は、壇の浦で入水した平知盛が実は生きていたという空想から、芝居がはじまる。
　主役の銀平の姿がこれまた颯爽としたもの。お祭り付きの町人髷、縞の着付にアイヌ模様の厚司を羽織り、なぜか番傘をさしている。
　この船宿渡海屋の主人銀平が、実は知盛だったり、その娘お安が、実は安徳天皇だったり、女房お柳が実は典侍局（すけのつぼね）だったり、舞台は実は実はの大安売りである。
　こういう嘘で固めた狂言は、ひとつ間違えると荒唐無稽で終わりかねない。ところがこの二百六十年もの星霜を経た物語には、底力がある。趣向も話術も磐石。ひとたび知盛が大薙刀を振り上げると、庶民の日常を蹴散らし、そこに平家滅亡が再現できるのである。
　「嘘を丹念に積み上げていくと真になる」という作劇法を、江戸時代の浄瑠璃作者はどこで学んだのだろう。あるいは、実作を通して会得したのか。驚くべき独創性である。
　大時代ものの筆頭として、立ち回りも見得も、衣裳の一つ一つにいたるまで、洗練された型がある。なるほど、骨格の大きさが光るわけである。その上義太夫の節にも切々とした哀感が漂い、観客を魅了して止まない。
　幕切れに知盛が碇と共に入水する場面などは、何度見ても、手に汗を握るものだ。後ろ向きに落ちるので、舞台裏では弟子たちが網を使って受け止めるらしい。けれどもタイミングが合わないと、救命用具の網を持っていても頭突きをしてしまうとか。気の抜けない芝居がここにある。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>色にもいろいろありまして</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_46.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9169" title="色にもいろいろありまして" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9169</id>
    
    <published>2008-09-08T04:17:39Z</published>
    <updated>2008-09-08T04:20:32Z</updated>
    
    <summary>　「助六の出端（デハ）はすばらしいですね」　著名な歌人が教育テレビで話を続けている。「あの緋色の下帯に、震いつきたいくらいの色気を感じます。ほら、傘を片手に足を割ると見える…」会話...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080908.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080908.php','popup','width=335,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080908-thumb.jpg" width="150" height="214" alt="" /></a>　「助六の出端（デハ）はすばらしいですね」　著名な歌人が教育テレビで話を続けている。「あの緋色の下帯に、震いつきたいくらいの色気を感じます。ほら、傘を片手に足を割ると見える…」会話が煽情的に傾き、アナウンサーはすぐに話頭を転じてしまった。お堅いＮＨＫだから仕方がない。話の腰を折られた歌人は、それはないでしょうという顔をした。
　歌舞伎ではラブシーンのことを色模様という。さらに際どいものを、濡れ場と称する。上方では障子を立てて露わな姿態を影絵にしたり、女形の着物の裾から手を入れて、「濡れてるがな」などと言ったこともあったらしい。「忠臣蔵」の七段目ではお軽と由良助の痴態がある。九つ梯子を降りる件で「舟に乗ったようで怖いわいなぁ」というお軽に「舟玉（ふなだま）様が見える」と由良助が軽口を叩く場面である。そのあと「洞庭の秋の月様を拝み奉る」と続く。舟玉や洞庭はともに女陰のことをさす。船の守護神である船霊も、瀟湘八景で知られる洞庭湖の絶景も、崇め奉る大切なものだったに違いない。江戸の庶民の教養を垣間見ることができて面白い。
　昭和25年の邦画「また逢う日まで」は、ガラス越しのキスシーンが話題だった。歌舞伎では抱擁や接吻をあからさまに見せない。見せずに間接的、暗示的に表現する。例えば、立身（たちみ）で背中合わせに手を取り合ったり、女が男の膝に手を置いたりするのがその典型である。忍び逢う男女が姿を隠し、暫くしてから、女が身繕いをしながら出てくる。この手の演出は、そのものずばりより、かえって挑発的といえる。
　戦後文芸裁判となった「チャタレイ夫人の恋人」は、×××という伏せ字が話の種になった。それを深読みして、胸をときめかせた人も多かったらしい。解禁になると、拍子抜けするほどつまらなかったという。想像力に深く頭を垂れるしかない。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>團十郎を買いに</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_44.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9037" title="團十郎を買いに" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9037</id>
    
    <published>2008-09-01T01:30:04Z</published>
    <updated>2008-09-01T01:32:17Z</updated>
    
    <summary>　團十郎という朝顔があるというと、驚く方も多いのではないか。そもそも朝顔はヒルガオ科の一年草で、奈良時代、遣唐使によって薬草としてもたらされた。漢方の効用は下剤。後に観賞用になる。...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="1010_歌舞伎のツボ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        <![CDATA[<a href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080901.php" onclick="window.open('http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080901.php','popup','width=345,height=460,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/photo/20080901-thumb.jpg" width="150" height="200" alt="" /></a>　團十郎という朝顔があるというと、驚く方も多いのではないか。そもそも朝顔はヒルガオ科の一年草で、奈良時代、遣唐使によって薬草としてもたらされた。漢方の効用は下剤。後に観賞用になる。鈴木其一の「朝顔図屏風」でも知られるように、江戸時代後期には好事家たちにもてはやされ、大流行した。
　著名とは言えないが、「朝茶事の朝顔一花團十郎」という斎藤小夜氏の句がある。朝の茶会の花は朝顔で、その名は團十郎であると詠んでいる。勘のいい人はすぐ、あ、千利休の故事を下敷きにしているとおわかりだろう。
　時は桃山時代、利休が朝顔を愛でていると聞いた豊臣秀吉は、朝茶事を所望する。庭にあふれる朝顔を期待していった秀吉は、それがことごとく摘み取られていることに面食らう。浮かぬ顔で茶室に入ると、朝顔がたった一輪、床の間に活けてあったという。
　奇をてらわず自然を好んだ利休にしては作為があり過ぎるようだ。あるいは後世の虚構かもしれない。これが二人の不和の引き金になったともいわれているが、秀吉と利休の気質がよく判る逸話である。
　さて團十郎という朝顔は、ご承知の如く江戸歌舞伎に君臨してきた大名跡、市川團十郎に由来する。荒事の代表狂言「暫」には柿色の素袍（すおう）が用いられる。袖に三升の家紋を白抜きにした意匠は現代でも目を剥く鮮やかさである。江戸期この柿色が世間に広がり團十郎茶と呼ばれるようになった。その色に似た、黄蝉葉栗皮茶大輪（葉が黄色で丸く、栗の皮色の大きな花）朝顔に、團十郎と命名したのは誰だったのだろう。
　名前の効目は絶大、飛ぶように売れたと物の本にはある。今日でも入谷の朝顔市をはじめ園芸店では人気の商品。ただし花が茶色でも、覆輪の入ったものや葉が青いものは、本物の團十郎とはいわないそうである。
　尚「團十郎の歌舞伎案内」（ＰＨＰ新書）によれば、団は團ではない、團十郎と書く時は是非この文字を使ってほしいとある。気持ちはとてもよく分かるので、ご意向に従った。（挿絵・川浪進）]]>
        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>役者模様</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/2008/09/post_45.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.kyoto-minpo.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=14/entry_id=9038" title="役者模様" />
    <id>tag:www.kyoto-minpo.net,2008:/kabuki//14.9038</id>
    
    <published>2008-09-01T01:10:48Z</published>
    <updated>2008-09-01T01:37:55Z</updated>
    
    <summary>　役者の名前を冠した模様や色は様々ある。 　菊五郎縞は、四本と五本の縞を格子に組みその目にキと呂の文字を交互に置いて「キ九五呂」、つまり菊五郎と表す。 　芝翫縞（しかんじま）は、四...</summary>
    <author>
        <name>京都民報社</name>
        
    </author>
            <category term="2010_歌舞伎まめ知識" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kyoto-minpo.net/kabuki/">
        　役者の名前を冠した模様や色は様々ある。
　菊五郎縞は、四本と五本の縞を格子に組みその目にキと呂の文字を交互に置いて「キ九五呂」、つまり菊五郎と表す。
　芝翫縞（しかんじま）は、四本の縦縞と鐶（わ）をつないだ模様。「双蝶々曲輪日記」（ふたつちょうちょうくるわにっき）で放駒長吉に扮した中村歌右衛門（俳名芝翫）がその衣裳に用いてから流行した。
　半四郎鹿子は、麻の葉模様の鹿子絞りであるし、太申染（たいしんぞめ）という篆書の模様はそれを着た役者の名前から伝九郎染といわれる。
　この他にも江戸期には芝翫茶、璃寛茶（りかんちゃ）、路考茶（ろこうちゃ）など歌舞伎役者の名前をつけた茶色が流行している。いずれもくすんだ茶色で、当時の人々がかなり屈折した好みを持っていたことがうかがえて面白い。
        
    </content>
</entry>

</feed> 

