三角の雪 四角の雪

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 「下京や雪つむ上のよるの雨」
 蕪村の傑作「夜色楼台図」を見るたびに、凡兆のこの句が浮かんでくる。これは、最初に上五文字がなくて下句だけ出来ていた。芭蕉の弟子達が集まり、色々置いてみるが決まらない。そこへ芭蕉が顔を出し、言下に「下京や」と答えたという。更に、これ以外にいいものがあったら私は俳句を止める、とまで言い切ったのである。凄い自信ですね。
 しかし肝腎の、凡兆は沈黙したまま。芭蕉は情緒を詠み、凡兆は気息の冴えを詠む。だからこそ、「下京や」に納得できなかったと見るべきか。いや、そうではあるまい。己が苦吟しても得られなかった上五をすらりと口にした師匠に、凡兆は嫉妬したのではあるまいか。嗚呼やられた、と地団駄を踏む思いが伝わる逸話である。
 歌舞伎の雪景色はまことに美しい。舞台、花道を一面に雪布という白布で敷き詰める。勿論あの黒衣も、この時だけは白い雪衣(ゆきご)となる。木戸や樹木には雪綿を置いて、いかにも雪の降り積もった有り様を見せる。大道具方は、雪籠に紙の雪を仕込んで、天井から振り落とすのである。
 この雪は三角と決まったもので、江戸の昔からの伝統だった。まだみな丁髷を結っていた時分は、髪結いという職業が繁盛した。その元結(もっとい)を撚(よ)る「端切らず」という紙が多量に出る。つまりは廃物利用というわけでしょうね。
 三角に切るのには、理由があった。和紙の重さと、三角の平方体が落ちる際に受ける空気の抵抗が、力学的に釣合っているからという。果たして目籠に入れて綱を引くと、本物と見紛うほどにちらちらと舞って風情がある。
 「忠臣蔵」九段目や「八百屋お七」などの見せ場では、霏々と降らせる。だから趣きが違うのよと友人に見せびらかせるつもりで、先日、芝居がはねてからこの雪を拾ってみた。南無三、三角ではなくて四角になっていた。ちょっと寂しかった。(挿絵・川浪進)

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08/11/21│歌舞伎のツボ│コメント2

コメント

お春さん

昨日、とうとう当地にも初雪が降りやした。急にやってきた凍結道路!運転もヒヤヒヤ、汗だく!

普段は、あたしの「ゴールド免許」は冬季間は冬眠するのでやンすが、今年はどうしてもハンドルを握らなきゃなんない事情があって…。

今日はもう溶けているんですがね。いやはや、急にやってきたモンだ。まだ雪囲いもしていないのに….。

雪を喜ぶのは、子供達と雪に関する仕事の人(ウインタースポーツ関係など)ですか。普通の人は、雪掻きという大仕事に参ります。そして運転。いくら車が良くなった!ったって、いくらタイヤの性能がよくなった!ったって、滑るときは滑るんでさぁ。自分が注意してたって追突されることだってありやす。お~コワ!

もう、十年以上前ですか。四国の友達から、西瓜が届いたことがありやす。まあるい普通の西瓜でさぁ。確かに美味しい西瓜でしたが、北海道にだって、西瓜はゴマンと売ってまさぁ。

かの友人にお礼と共に「三角の西瓜なら、珍しいけど…。」って言いやしたよ。

当地は雪の結晶があちこちの学校の校章になってやすが、三角の雪ですか。四角だと、滞空時間が長いんでしょうね。

紙の雪の上で、役者さんたち、滑りやせんか?慣れているのかしらね。

昨日の急にやってきた真冬日で鼻風邪を引きやした。お春さんも、お気をつけなすって…。

春香さん

「ああやられた 地団駄踏む思い」は己に誇りがあってこそ出るのでしょうね。
自分の作が、師匠のものになってしまったと悔しかった?
いつかは追い越したい、けれどまだまだだ、そんな思いでしょうか。

私など、春香師匠のブログ読むたびに、へ~、知らなんだあ。
教えてもらえてよかったあ。
という腑抜けぶりで、感心して、楽しんで、喜んでばかり居ます。
あ、そりゃあそうですね。
いつも、川浪画伯もありがとうございます。

本当にあっという間に季節は冬になりました。
当地では伊吹颪が吹き、山は雪景色、冴えわたった寒さです。
雪衣、まあ風の子のお友達のようです。

そして、□より△の雪の舞う様を観てみたいです~。

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