京都民報
なるほど京都

京のお人形

人形寺・宝鏡寺学芸員が語る、京のお人形話あれこれ。

著者:田中正流

毛植人形・子犬

子犬 現在、日本は空前のペットブームと言われています。近年では特に外来性動物(エキゾチック・アニマル)の輸入や飼育も簡単になったことから気軽に飼う方が急増しています。しかしこのペットブームの裏では、無責任な飼い主による様々な問題も出てきており、社会問題にもなっています。
 それはさておき、小さなものや愛らしい動物に和みや癒しを求めたりすることは古来よりありました。現在でも動物のぬいぐるみは人気で子供の遊び相手として親しまれています。
 写真の毛植人形の子犬は、現在のぬいぐるみと同じく動物をかたどってはいますが、抱き遊ぶものではなく観賞用に作られたものとなります。江戸時代の後期頃から作り始められ、京都の特産品の一つでした。張り子状の本体に絹のすが糸を丹念に植え込む大変手間のかかる細工品でした。すが糸とは、生糸に撚りをかけずそのまま用いる糸のことを言います。毛色は黒や茶などに染めた糸をうまく使用し、毛の流れが自然に表現されています。
  天保2(1831)年の『京都商人買物独案内』には「金毛亭吉文字屋並川清右衛門」とあり、天明年間(1781~1789)創業といわれる「けうえや」並河人形店のことです。毛植細工で有名だった同店も昭和初期頃には店を閉めており、現在では毛植人形の技術は伝えられていません。
 毛植人形は犬や猫、猿、馬などの動物がよく作られていますが、中でも一番有名なのは、明治時代から雛壇に飾られた「狆曳き官女」の狆です。官女が毛植人形の狆を曳いている姿をあらわしていますが、一説によればこの狆を引いている官女は大正天皇の御母堂であられる柳原二位局をモデルにしていると言われています。
 もともと人形や玩具には子供の無事な成長や魔除けの願いがこめられたものが多く、抵抗力の弱い子供に対する親や大人達の切なる願いが託されてきました。犬はお産が軽く、強靱な動物であり、人間の生活も守護してくれる最も身近に親しまれてきた動物といえます。ですから動物の人形・玩具も時代とともに材質などの変化はありましたが、犬はその中でも代表的な存在として作り続けられてきました。愛玩犬の種類も狆から洋犬に変わっても人間にとって犬が一番身近な存在であることに変わりはありません。家族として友達として最後まで責任を持って可愛がって欲しいものです。

写真:毛植人形・子犬 宝鏡寺門跡所蔵