新緑の五波峠上空より南方、京都市方面を望む。新幹線のルート上付近にあたると思われる
写真家の広瀬慎也さん

 北陸新幹線延伸ルート上にある南丹市美山町は、一部が京都丹波高原国定公園に指定され、「芦生の森」などの自然環境と「かやぶきの里」などの文化が織りなす景観が魅力です。写真家・広瀬慎也氏の写真を紹介するとともに、同氏に寄稿してもらいました。

 近年、日本の原風景が残る里としてすっかり有名になった京都府南丹市美山町。かやぶき民家が多数残存し、なかでも山裾の傾斜地に多数のかやぶき民家が軒を連ねる北集落は「かやぶきの里」(重要伝統的建造物群保存地区)として今や、世界中からたくさんの観光客が訪れる人気観光地となっています。

 美山の東の端、福井県と滋賀県と境を接するところに芦生(あしゅう)の森はあります。京都大学の研究林となっており、学術研究や教育の場として活用されています。

奇跡的に残された豊かな森

 森の総面積は約4200ヘクタールという広大なもので、東西約6キロ、南北約7キロに及びます。京都御苑なら67個ほど入る大きさです。このうち、約2000ヘクタールがほぼ手つかずの天然林となっています。

 森の最大の特徴は、気候が冷温帯から暖温帯への移行帯に属するため植物の種類が非常に豊富なこと。木本植物243種類、草本植物532種類、シダ植物85種類が確認されています(数字には現在、確認できないものを含む)。

 その豊富さは、明治の著名な植物学者・中井猛之進博士の「植物ヲ学ブ者ハ、一度ハ京大ノ芦生ヲ見ルベシ」という有名な言葉が残されているほどです。

 また、鳥類は33科111種が公式に確認され、哺乳動物もツキノワグマやニホンカモシカなど本州に生息するとされている、ほぼすべての種類がいるとされています。大都市に近い地域でこれだけの手つかずに近い自然が残っていることは奇跡といっていいと思います。

日々の暮らし支える水源地

 もうひとつの側面として、京都府最長の河川である由良川をはぐくむ源流の森としての存在もあげられます。ブナやトチノキ、ミズナラといった落葉広葉樹が非常に豊富で、ミネラル豊かな水を育みます。

 この水は、人々の暮らしを支えるとともに、若狭の海に流れ込んで植物性プランクトンを育てて、やがては日本海の生態系をも支えていきます。

 その森もこれまで幾多の危機を乗り越えて現在にいたっています。

雪に覆われた「かやぶきの里」(北集落)。日本の原風景を今に残す
揚水ダム計画住民はね返す

 最大の危機は1965年に持ち上がった関西電力による揚水式発電ダム建設問題です。これは、福井県大飯町に建設された原発の夜間の余った電力を使って発電を行うものです。

 美山町内ではその賛否をめぐって激しい攻防が展開されました。その結果、ついに関西電力は2006年になって正式にダム建設計画を撤回しました。

 また、近年においては、増殖しすぎたシカによる食害やカシノナガキクイムシという昆虫の異常繁殖により大量のミズナラやコナラといったナラ類の一斉枯死という問題も起きています。最大の要因は地球温暖化ではないかとみられていますが決定的な原因はわかっていません。

 それらの影響により森の姿が直近20年で大きく変化してしまったのも事実です。しかし、少しずつではありますが対策も功を奏しつつあり、わずかながら緑豊かであったかつての姿を取り戻してきています。

地下トンネルの影響懸念

 そのようにさまざまな危機を乗り越え、傷つきながらも太古の森の姿を今に残している芦生の森ですが、今度は北陸新幹線というモンスターが襲いかかろうとしています。

 この計画が実行に移された場合、美山町の直下をトンネルが貫くことになります。地下だから自然や景観の破壊が起こらないということはありません。

 トンネル建設には地上工事もともないます。建設車両が美しい森や歴史的景観が残る美山の里を走り回ることになり、美しい自然や景観も住民の静穏な日々の暮らしもたちまちにして破壊されてしまいます。

 また、大量の残土は、いったいどこに処分されるのでしょう。さらに地中深くトンネルを建設するならば、地下水脈に影響を及ぼし、現在の豊かな由良川の水が枯渇したり、水質が悪化することも予想されます。

 自然も地域環境も破壊する新幹線など、絶対にこの地に通してはなりません。

 私が、芦生の地に足を踏み入れて30余年、集中的に撮影をおこなうようになって20年以上が経過します。ダム建設計画の存在を知り、この美しい自然を写真で記録し、発表することで少しでも多くの方に芦生の森が危機に瀕していることを知ってほしいという思いもありました。

 芦生の森は四季それぞれに、また天候によっても、時間帯によってもさまざまな表情を見せてくれます。清流と巨樹群が織りなす素晴らしいコンビネーション。落葉広葉樹が見せてくれる新緑のまぶしさと紅葉の艶やかさ。巨樹の畏怖の念さえ抱かせる生命力。

森を次世代に受け渡したい

 森を訪れるたびに、地域の人々との交流も生まれ、自然ガイドの仕事もさせていただくようにもなりました。森と地域の方々に育てていただきました。

 森を歩くと樹齢は軽く1000年を超えようかという巨樹たちの存在も珍しくありません。そんな彼らの生きてきた時間からすると私たち人間の生きる時間なんて、ほんの一瞬でしかありません。

 その一瞬で、はるかなる歳月を生きてきた木々たちや森の歴史の歩みを断ち切るようなことは絶対にあってはなりません。

 私は、写真家として自然ガイドとして、多くの人々にこの森の大切さと魅力を発信していき、微力ですが美しいこの森を次世代に受け継ぐことができたらと考えています。

 ひろせ・しんや 1963年、京都市生まれ。著書は、写真集「樹奏森響 京都美山芦生の森」(かもがわ出版)など。日本写真家協会会員。

(「週刊京都民報」2018年12月16日付より)