自民党、日本維新の会、みんなの党など衆議院で改憲派が3分の2を占め、「憲法改正」を公言する安倍首相が誕生するもと、自民党が昨年4月にまとめた改憲案「日本国憲法改正草案」が改めて注目を集めています。「憲法の伝道師」として精力的に講演・執筆活動に取り組んでいる、伊藤塾塾長で弁護士の伊藤真さん(54)に、立憲主義の大切さや自民党改憲案の危険性について聞きました。

自民改憲案は立憲主義否定

 ──自民党改憲案を「憲法を国民を支配する道具に変質させた」と批判します。

伊藤真さん

 日本の憲法の特長は2つに集約できます。ひとつは、世界の近代憲法の正統派の流れを承継している点です。一人ひとりの個を尊重し、人権保障のために国の権力を縛る道具、つまり立憲主義の憲法ということです。これは近代市民革命後、先進諸国が共通して持つ考え方で、人類の英知の結晶です。もうひとつは、日本の先進性・独自性の表れであり、日本の英知の結晶である積極的非暴力平和主義(前文・第九条)です。自民党改憲案はこの両方を否定するもので、人類と日本の先達たちへの冒とくです。
 安倍首相は、「戦後レジームからの脱却」と言いますが、どこへ向かうのでしょうか。戦前から戦後で憲法の考え方は大きく変わりました。天皇主権から国民主権、戦争し続けた国から戦争しない国、宗教を利用した国から政教分離、国家のための個人から個人のための国家。いわば、「国家や天皇を大切にする国」から「一人ひとりの個人を大切にする国」へと変わったはずなんですが、安倍首相が目指している日本は、見事に前者(戦前の日本)へと後戻りするものです。
 その象徴が前文にあります。現行憲法の前文の主語はすべて「日本国民は」「我らは」となっていますが、改憲案の前文は「日本国は」から始まります。そして、人権保障と戦争放棄のためにこの憲法を制定すると宣言する前文を削除し、第5段で、「国家を末永く子孫に継承するため」に「憲法を制定する」としているのです。立憲主義を否定し、国家優先、国のために憲法を作るという思想が明確に表れています。

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9条改悪狙い96条改定先行

 ──「国防軍」創設など改憲案9条は、「憲法の本質的変更」と指摘します。

 改憲案では、第2章「戦争の放棄」は「安全保障」へと章題が変わります。その上で、恒久平和主義の3要素である「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」すべてを骨抜きにしています。
 「国防軍」は単に自衛隊が看板を付け替えるということではありません。戦後、この国に人を殺すことを目的にした組織が初めてできるということです。殺し殺される可能性のある組織ですから、志願者は激減するでしょう。結局、学費が払えない、食べていけないという社会的に弱い立場の人が国防軍の兵士を担うことになるのではないでしょうか。
 また、軍隊を維持するための莫大な費用を捻出するために、消費税の大増税や社会保障の大幅削減が行われるでしょう。国防は公益・国益にかなうものですから、国防を理由に表現の自由、知る権利、情報公開などさまざまな人権が制限されるでしょう。さらに、現在は違憲の徴兵制も導入可能になります。
 安倍首相は、9条改悪の露払いとして、改正発議要件を定めた「96条改正」を先行させると国会で答弁しています。しかしこれは、単なる手続きの問題ではありません。
 96条が発議に「3分の2以上」を求めているのは、反対野党も含めて十分な審議、討論を経て合理的な案となって初めて発議できるという意味です。過半数では、政権与党の強行採決で発議を可能にしてしまいます。また、いわば憲法によって縛られる側の国会議員が自分たちの都合のいいように改正しやすくなることを意味しており、立憲主義の趣旨を骨抜きにするものです。(「週刊しんぶん京都民報」2013年3月17日付掲載)

 いとう・まこと 1958年生まれ。81年、東京大学法学部在学中に司法試験合格。95年に「伊藤真の司法試験塾(現・伊藤塾)」を開塾。伊藤塾から数多くの法律家や行政官を輩出しながら、「憲法の伝道師」として全国各地での講演、執筆活動を展開。また日本を真の民主主義国家にするため、「一人一票実現国民会議」の発起人となる。法学館憲法研究所所長。主な著書に、『中高生のための憲法教室』(岩波書店)、『憲法の力』(集英社)、『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版)、『憲法が教えてくれたこと』(幻冬舎)など多数。