戦後原発推進役も

 今年は特別高等警察(特高)が配置されて100年目の年である。特高は小林多喜二や岩田義道らを虐殺しただけではなく、山本宣治暗殺の黒幕となるなど、日本政治の暗部を形成してきた。
 戦前の日本の反戦平和の運動を根こそぎ弾圧したという点で、特高は軍部とともに日本の侵略戦争遂行にたいして重い責任を持つはずだった。しかし、戦犯として裁かれた軍人に比べて、特高は温存され戦後政治のなかで復権を果たす。柳河瀬精著『告発・戦後の特高官僚―反動潮流の源泉』( 日本機関紙出版センター、2005年)が明らかにしたように、戦後国会議員となった元特高官僚は60人近くにのぼる。知事や地方政治家を含めれば、その数は数百人にも達するだろう。
 福島原発事故後に注目された、特高の歴史がある。日本の原発推進の旗振り役をしたのは、中曽根康弘衆議院議員(後に首相)と正力松太郎(読売新聞社主で日本テレビ社長。後に政府の原子力委員会初代委員長)。正力は戦前、警察行政の中枢である警視庁官房主事であり、特高警察エリート官僚の一人。ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験を機に高まった日本の原水爆禁止運動を逆手にとるかのように、「核兵器の平和利用」キャンペーンを、正力はマスコミを使って展開していく。核廃絶の運動の拡大にもかかわらず、日本は原発列島へと変貌した。
 特高が最初に設置されたのは、幸徳秋水らが死刑になった大逆事件(1910年)の翌年、警視庁(東京市)に警視総覧官房高等課が設置されたときである。さらに大阪、京都など主要都市の警察部にも特高課が設けられ、治安維持法が制定されてから3年後の1928年、全国配置(750名)が完了した。注視してほしいのは、治安維持法制定よりかなり以前に、すでに特高が活動を開始していたという点である。

行政文書のなかに

 京都に目を移そう。京都府警察部(京都府警)高等警察課の業務が、のちに特別高等警察課(特高)へと移行される。京都府警特高課は天皇の出身地である京都の地で、反体制危険思想とされた社会運動の弾圧・取り締まりのために設けられた組織である。山本宣治を当選させるなど、京都は左翼政党労農党の影響力がもっとも強い地域であった。
 京都府総合資料館には、膨大な『知事事務引継書』という行政文書がある。この『知事事務引継書』のなかに、京都府警察部機密資料が記されていた。『知事事務引継書』という名前だったので、この文書が警察資料であることを長年見抜けなかった。当時の知事は政府による任命で、知事は都道府県警察業務のトップに立っていた。知事が替わるたびに事務引継書がつくられねばならない。だから膨大な『知事事務引継書』が書かれたのである。
 これらの『知事事務引継書』を読むと、特高は苛烈な弾圧だけではなく、さまざまな懐柔策をもって社会運動家に接していたことがわかる。玉砕戦法をとった軍部に比べ、特高は敗戦すら予期して身の振り方を考えていたのである。正力松太郎が米諜報機関CIAと深いつながりがあったことは周知のことだが、戦後の特高はアメリカに取り入ることで延命をはかったといえよう。

記録された運動家の姿

 当然のことだが、『知事事務引継書』には弾圧される側の社会運動家たちの姿が、特高の目を通して記録されている。『特別高等警察事務引継書』(昭和2年7月)には次のような記述がある。
特別要視察人ノ関係スル管内発行ノ新聞ハ左記のノ二種アルノミニシテ其ノ頒布範囲極メテ狭シ
(1) 旬刊「福知山魁新聞」発行所天田郡福知山町  経営者 当府乙号 細見文治
(2) 旬刊「山城」発行者綴喜郡青谷村  経営者 右仝 新井清太郎
 細見文治については、息子細見幸基が「細見文治の思い出」を1974年12月22日付『京都民報』に書いている。「福知山魁新聞」が発見されれば、京都府北部の社会運動史研究にとって画期的な資料となるだろう。なお、『特別高等警察事務引継書』の細見文治の欄には、「明治24年6月生まれ 変名『布美路』印刷業」とある。
 新井清太郎については、彼が発行していた「山城」全488号を筆者が発掘し、その成果を「南山城の光芒」というタイトルで、日刊新聞『洛南タイムス』紙(本社宇治市)に2004年11月より週1回執筆している。村田佳久、杣田貞治郎、花田善七、阪本兵蔵、中筋丈夫など、「山宣を支えた人びと」の固有名詞と経歴が「山城」を通して明らかになった。特高の闇の歴史を調べることを通して、名もなき社会運動家たちを現代に蘇らせることができたのである。(「週刊しんぶん京都民報」2011年12月4日付掲載)

 ほんじょう・ゆたか 群馬県安中市出身。東京都立大学(現在首都大学東京)で社会運動史を学ぶ。国家公務員、地方公務員をへて、京都府で公立学校教員(社会科)となる。現在、立命館宇治中学校・高等学校教員(社会科)、立命館大学講師(地理歴史科教育研究)。著書は、『新ぼくらの太平洋戦争』(日本図書館協会選定図書・かもがわ出版)、『山本宣治 人が輝くとき』(学習の友社)、『テロルの時代』(群青社)など多数。