Topニュース平和・民主主義 > 大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(9) 2つの抵抗闘争 立野保男講師留任嘆願運動

大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(9) 2つの抵抗闘争 立野保男講師留任嘆願運動 大阪商大事件

平和・民主主義

平和・民主主義

2008年08月20日 13:38

大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(9) 2つの抵抗闘争 立野保男講師留任嘆願運動

 日本学生運動史上の3大事件といわれる「大阪商大事件」について、当時大学生で大商大弾圧の被告でもあった林直道大阪市立大学名誉教授が7日、立命館大学平和ミュ-ジアムで当時の体験を語りました。その内容を12回に分けて再録します。

     ◇

<< (8)戦争への疑問
 そうこうする内に昭和十何年頃から抵抗闘争が起こりました。一つはマックス・ウェーバーの研究で頭角を現わしました立野保男さんという講師が大学を放り出されようとしたので、留任嘆願運動を一生懸命やりました。末川先生のところにみんなで嘆願に行って、予科の主事をなさってた末川先生は「困った。今はもう私だけの力では防ぎ切れない」と言っておりました。

 もっと大きな運動が出席聴講強制制度。それまでは自由聴講制度で好きな授業を聞いたら良いというのが、全国の制度でありました。ところが大阪商大では戦争を謳歌するような講義に学生が嫌気をさして行かなくなり、先生が教室に行っても「今日も1人もおらんな」と。札付きの戦争を謳歌する先生の授業はね、誰も授業に行かないとボイコットしたんです。それはいかんというので、対策として座席を決められて、出席を点検されるようになる。出席日数が足りないと試験を受けられません。試験を受けられないと単位が足りなくなって、徴兵猶予を取り消されるわけです。戦争中でもかなり遅くまで、卒業までは徴兵を猶予されていました。それが取り消されてすぐ兵隊に行かなならんわけですから、重大問題だったわけですね。
 そこで何としてもこの騒動を取り消さなくてはならんと。当時はね、学生自治会なんてなくて、みんなで学生大会開いて決をとって大学と交渉する組織がないんです。学生大会なんてどう開いて良いかわからないしそういう習慣もない。学生自治会がなくて本当に嘆かわしかったです。仕方ないのでクラス委員をやってた者が中心になって、有志が学生部長の掘先生の西宮のお家へ行ったんです。その中に私の友人がおったもんですから、「お前も来いよ」と言われてオブザーバーみたいな形でついて行ったんです。あの時ノコノコついて行ったのが、私が今日日こういうことになった原因だと思っております。(つづく)