Topニュース平和・民主主義 > 大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(5) 戦時下の学生生活

大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(5) 戦時下の学生生活 大阪商大事件

平和・民主主義

平和・民主主義

2008年08月19日 13:13

大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(5) 戦時下の学生生活

 日本学生運動史上の3大事件といわれる「大阪商大事件」について、当時大学生で大商大弾圧の被告でもあった林直道大阪市立大学名誉教授が7日、立命館大学平和ミュ-ジアムで当時の体験を語りました。その内容を12回に分けて再録します。

    ◇

<< (4)思想弾圧
 入ってみると長髪の禁止、下駄履き、腰手ぬぐいの禁止。大学に入りますと下駄履きや腰手ぬぐいはなくなりますけど、高等学校ではそういう服装をみんな喜んでしたものですね。マント着てね。下駄に墨で「俺の下駄」って書いて。そういう服装がいかんという。
 長髪は、「特に日本はガソリンが足らんのだから、頭を長髪にして油を塗ったら余計に油を使う」と禁止され、「まだこの中で髪の毛を伸ばしとる奴は前へ出ろ」とボコボコボコと殴られたんですね。「お前たちが頭に油を塗ってる時に油不足の日本軍の行軍は、恐れ多くも天皇陛下の部隊がノモンハンでソ連軍を前にナマクラになっとるわ」と、ものすごく殴られたんです。で、「あれ? 日本は勝ってたんじゃないんですか? 新聞では勝った勝ったとゆうてますけど、勝ったんちゃうんですか?」と言って、また殴られたんですね。だいぶ殴られました。中には「あのお、私、頭に油塗っておりませんが」と言ってね、「とぼけるな」とまた殴られてました。

 厳しい思想点検もされました。特に高等学校・大学予科は全国どこでも下宿や寮へ入るものですから、非常に厳しい寮長による思想点検があって、寮の部屋は絶えず寮長の監視の下に置かれていました。
 どんな本読んでるか全部調べられますから、寮へ入ってる以上は自由に本が読めないんです。それから下宿へはいつも特高がやってきて、「この頃どうしてる? 何読んでるの?」と。
 没収するものがなくなるとトルストイやとかロシア文学を持っていく。「あんた、それ別に共産主義関係ないですけどな。これロシア文学ですけど」と言うと、「気がある」ゆうて持って行きよるわけです。それでいてマルクス、エンゲルスの『ドイツイデオロギー』なんかには知らん顔してね。そういう悲喜こもごもがあったんです。

 駅で臨検があるんですよ。とんでもないことに駅でね。みなさん信じがたいでしょ。駅にね、いっつも特高が張っとるんですよ。ずうっと見ててね、ソワソワしたり目を合わさんと行くような奴は怪しいと「ちょっとおいで」と脇へ連れて行ってね、「鞄開けてみ。こんなん読んでらしたの?」と手錠かけて連れて行くとかね。
 そんなんで、駅っちゅうのは一つの危険地域だったんですね、本当にこの時代は。

 京都に茂山千之丞さんという有名な狂言のお師匠さんいらっしゃいますね。あの方も私と同じ時代に大阪商大の高等商業部にいらして、「大阪商大では非常に自由で本も何でも読めた。京都から大阪の南の端、堺の大和川の際に大阪商大まで通ったけど、通っただけのことはあった。うんと自由があった」ということを、前に「京都民報」に書いてらしたのでね、ああ同じ時代だったんだなと思ったんです。

 他の中学の同窓生と集まると、「寮やら下宿やらに特高がお構いなしに入ってくる」「駅では特高に身体検査される」「寮では寮長が部屋の中をいつも調べとる」など、みんな自由がないということを嘆いてました。

 そういう点で、大阪商大は寮がありませんで、家から通えるんですね。だから私、大阪商大行ったんです。
 「何であんた大阪商大行ったの?」と聞かれることがあるんですが、理由は非常に簡単でありました。私、箱入り息子でありましたから、親が「寮へ入れたら悪なる。うちの大事な息子そんな所入れたら大変や。大阪商大やったら家から通える。それがええわ」というので行った、だらしない、しまらない話です。(つづく)