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大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(3) 戦時ファシズム体制 大阪商大事件

平和・民主主義

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2008年08月18日 12:57

大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(3) 戦時ファシズム体制

 日本学生運動史上の3大事件といわれる「大阪商大事件」について、当時大学生で大商大弾圧の被告でもあった林直道大阪市立大学名誉教授が7日、立命館大学平和ミュ-ジアムで当時の体験を語りました。その内容を12回に分けて再録します。

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<< (2)昭和10年代の日本
 戦争を歓待する考えで国内では国民精神総動員令なんてものがつくられ、1938年には産業報告会というものができて労働組合が次第に消滅の方向を辿っていく。労働組合がもう消え去って、三法産業報告会、労働者は産業活動労働を通じて国に奉公するんだと。労働組合っていう労働者の権利を守るような組織はもういらんという風に、右翼化がどんどん進みました。

 それから翌年には兵役法施行令が改定され第3乙種というのができたんです。昔は第3乙種は丙種だったんです。第1乙、第2乙までは兵役に採られたんですが、丙種は兵役に採られなかったんです。だから徴兵を逃れたい人間はみんな、月夜に石の上に座ってお尻を冷やして痔になったり、あるいは揺れるバスの中で本読んで乱視になったりね。兵役を逃れるために苦労したわけですけれども、「もうそんなんあかん」と。痔や近視はあかんとなって、第3乙もみんな徴兵されてしまいました。兵役がうんと拡大されたんです。そして1941年には東条英機内閣が、とうとう血迷った対戦に突入していったんです。

 それをするためには、昭和一桁から二桁にかけて日本でも自由思想および左翼思想が広がっていき、本もたくさん出版されていたんですが。それに次から次に思想弾圧を加えていったわけですね。まず1933年には滝川幸辰教授が辞めさせられる。小林多喜二、野呂栄太郎が検挙され取調べの過程で虐殺されるというようなことが行われていました。それから美濃部達吉天皇機関説、大本教の禁止。1936年には山田盛太郎、平野義太郎ら岩波書店が出した「日本資本主義発達史講座」に結集した理論家が、30人検挙されました。1937年には岩波文庫の社会科学関係書、いわゆる「白帯」28点が自発的に休刊という形をとりました。それから同志社の具島兼三郎、田畑忍さんが辞めさせられます。京都は世界文化グループの久野収、真下真一、新村猛、中井正一らが弾圧されます。

 さらには第1次人民戦線事件で、加藤勘十、黒田寿男、山川均、荒畑寒村、鈴木茂三郎ら後の社会党左派の基になる労農派の理論家が446人が検挙されました。1938年には大内兵衛、有沢広巳、脇村義太郎ら東大の教授を中心に38人が検挙されました。1937から1938年には新刊書店、古書店から社会主義書籍、自由主義書籍が根こそぎ没収され、トラックに何台分も本を没収していきました。(つづく)