大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(2) 昭和10年代の日本 大阪商大事件
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大商大事件を語る─林直道大阪市立大名誉教授(2) 昭和10年代の日本
日本学生運動史上の3大事件といわれる「大阪商大事件」について、当時大学生で大商大弾圧の被告でもあった林直道大阪市立大学名誉教授が7日、立命館大学平和ミュ-ジアムで当時の体験を語りました。その内容を12回に分けて再録します。
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<< (1)日本学生運動史上の3大事件
そういうことを前置きにいたしまして、商大事件の前提としての戦前、昭和10年代のことについて年表的に解説します。この時には拡大する戦争、1937(昭和12)年に盧溝橋事件をきっかけに中国に対する全面的な侵略戦争を拡大したわけです。続いては1939(昭和14)年にはノモンハンでソ連・モンゴル軍との激突があったんです。その時に日本は、それまでの中国に対する侵略では圧倒的な軍事力優位のもとで連戦連勝といいますか、向かうところ敵なくほしいままに侵略していたんですけどもノモンハンの事件ではソ連・モンゴル軍が近代的な武器を持った部隊で対抗してきて、日本はそういった部隊はなかったので見事な敗北を喫して、第23師団は莫大な損害をこうむったわけです。
非常に不思議な縁なんですけど、この第23師団の連隊長が井置中佐というんですが、その人のお孫さんにマッサージをしてもらってるんです。お孫さんは「私のおじいさんはノモンハンで自決をさせられたんだ」と言っておりました。大砲に当たって戦死したというふうに言われてたんだけど、ぼくの家訪ねて来てくれて「本当はそうじゃなの。『軍から自決せぇ』と言われた。あまりにも敗北と損害がすさまじかったので自決した」と。そういうふうに自決させられるというような、惨敗をしたんです。
ノモンハンの戦争でソ連軍の機械部隊、とくにスターリン戦車のものすごい威力を見て日本軍は恐れをなして、後で北進してソ連と戦うか南進してイギリス、アメリカと激突すべきか国際上決定するときにノモンハン事件というのが大きな影響を与えて、もうソ連と戦うのは怖いというので日本の軍部は南進しアメリカ、イギリスと戦端を開いたと聞きますね。
1940(昭和15)年には北部フランス領インドシナ、今のベトナムに侵略をいたしました。日独伊三国同盟が成立します。ドイツではユダヤ民族を抹殺せよというヒットラーに狂信的なナチスの政策で、ユダヤ人が600万人も殺されたというちょっと信じられないような大虐殺が行われました。日本にもユダヤ人が逃げてきたんです。特に杉原千畝というリトアニアの領事をした人が、「旅券をくれ」というユダヤ人に応えました。旅券を発行してもらわないとドイツ軍にみんな殺されてしまうので、杉原千畝は日本の外務省に支持をもとめたんですね。外務省は「日本はドイツと同盟してるんだから、ユダヤ人を保護するような旅券を書いてはならん」と言ったんですけれども、あまりの現実に杉原は胸を打たれて「自分がビザを書かなくては、この人たちはみんな殺されるんだ」と、処分を覚悟で何千人ものユダヤ人の旅券を発行した。有名な話でしょう。
そういう人たちが日本にもやって来たんですよ。朝日新聞に日本にいたユダヤ人のことが出ておりますが、これもちょっと私に関係あるんです。私の母親の妹がドイツ人と結婚しておりまして、そのドイツ人が貿易商でトーマス・トオル・ドセンというんですけれども、これが非常に人道主義者で、日本にいたユダヤ人を彼らがずいぶん助け、面倒をみたんです。絶えず領事館からは文句言われましたが、最後までユダヤ人のお世話をしたみたいです。
戦争中にものすごい本代が高くなって、叔父が工場経営ですからお金を借りに行ったんです。「何の本を買うねん?」って言うから「マルクスを買うねん」と言ったんですね。そうしたら叔父が目を吊り上げて「この家に来てマルクスなんて絶対口にするな。そうじゃなくたって自分は領事館に目をつけられてしかられてるのに、それも経済的、人道的な問題としてだけで言ってるのに、甥にマルクスを勉強するような者がおったらえらいことになるから絶対マルクスなんて言ってはいかん」とえらいどなられましてね。お金を貸してもらえずスゴスゴと帰ったことがあるんですけれども。
戦後、日本にいたドイツ人は全部敵性国人だからとドイツへ本国送還されたんですけれども、トオル・ドセンはユダヤ人が連名で嘆願書をGHQに出して「この人は我々の恩人で、戦争中も色々庇ってくれた」と書いたので「そのまま事業してよい」と言われて神戸にいました。そういう物語もあるんですが、ちょっと脱線いたしました。
日独伊防共同盟に関連して、そういうドイツ人が日本にもいたということ。シンドラーのような事件ですね。
それから1941年太平洋戦争突入。昭和10年代というのはまさに戦争、戦争の連続でした。私が学生時代を過ごしたのは、まさにこの昭和10年代の終わりの方でありました。昔は中学が4年でしたから昔の高校、あるいは大学予科の1年というのは今で言う高校の3年生ぐらいになるわけですね。ただし戦前は中学校の4年生から高校・大学予科に入る者もおりました。全体を通じて現在は6・3・3・4。昔は6・5・3・3でした。合計すると戦前の方が1年多いんですけれども、4年終了で高校・大学予科へはいった者は今と同じなんですよね。(つづく)
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