Top記者メモ・ここだけの話 > クルム伊達公子さんの挑戦

クルム伊達公子さんの挑戦 伊達公子,テニス

記者メモ・ここだけの話

記者メモ・ここだけの話

2008年05月20日 10:13

クルム伊達公子さんの挑戦

 さきごろ11年ぶりにテニスの公式戦に復帰し、3試合をたたかったクルム伊達公子さん(37)。コートでのあの“公子スマイル”を見て17年前のことが思い出されました。
 91年5月19日付「週刊しんぶん京都民報」の「京都が生んだ名選手」という連載企画に伊達さんが登場しています。京都市生まれの伊達さんは、当時プロになって3年目の20歳。拠点を関西から東京に移したばかりのころでした。1年目に世界ランキング50位台まで上り詰めるも、相次ぐ故障で140位台に低迷していました。
 取材は神奈川県内のあるテニスクラブ。一般プレーヤにまじって黙々とサーブ練習をしていました。練習後、私を認めると軽く会釈し、「京都からわざわざ来ていただいたのですか。ありがとうございます」とていねいなあいさつが返ってきました。
 もちろん、あの輝く“公子スマイル”付き。“コートの華”でした。
 取材にはまっすぐこちらの目をみて、よどみなく答えました。世界転戦しているが、「英語苦手なんですよ」「ごはんでないと力でない」となんの気負いもない正直な答えが印象に残っています。「負けずぎらいなんですよ」が何度も口をつきました。唯一、考え込んだのが「25歳で結婚して引退」と自ら公言していることの真偽をたずねたとき。「やっぱり…勝ってからやめたい。30歳ぐらいかな」。
 その4年後。両親に連れられて小学1年生からテニスラケットを握った少女の才能は、世界で花開きました。95年全英オープン準決勝では、当時世界ランク一位のシュテフィ・グラフと2日間にわたる死闘を演じました。同年11月にはシングルス世界ランク4位にまでのぼりつめましたが、翌年、あと4日で26歳の誕生日という日に引退を表明。「公言通り」、25歳での引退でした。
 取材後、わざわざクラブハウスの玄関先まで見送ってくれました。「がんばってください」と声をかけると「はい」とまっすぐな笑顔がかえってきました。
 あのとき伊達さんはプロ3年目のカベに挑戦中でした。かくいう私も当時は記者3年目。テニスに真摯に取り組む姿勢にいたく感動し「僕もがんばらなくちゃ」と励まされた気がしました。今回の再挑戦、20年目を迎えた私は、また彼女に励まされた気がします。(T)